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【執筆記録 #1】元勇者、現代サラリーマンに転生して、働き方改革に奮闘するー第1話

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第1話「新人課長、戦場に立つ」

1-1 胸のもやもや

ちょうど9年前の今日、俺はこの会社に入社した。新入社員全員が本社の会議室に集められ、午前中に入社式が行われた。緊張のせいで、誰が何を話していたのか覚えていないが、一日も早く仕事を覚えて戦力になって欲しい、というようなことを言われたような気がする。

今頃、本社では、当時と同じように入社式が執り行われているだろう。午後には入社式を終えた新人がやってくる。俺が働く営業第2課にも、新卒1名と新任課長が配属される予定だった。
何も置かれていないデスクを見ながら、俺は、自分の入社当時の事を思い出していた。

スマホのメモアプリを操作している俺の背後からそっと声を掛けられた。

「どのくらい進んだ?」

声をかけてきたのは、定食屋 桐谷の店主の娘、桐谷華だった。

「まだ書き始めたばかりだよ」

ここは定食屋 桐谷の一番隅にあるテーブル席。
俺は晩飯の刺身定食をたいらげ、今日、会社で起きた事件を書き残しておこうと、スマホのメモアプリと格闘していた。

「それで、何があったの?誠がそんなに機嫌悪そうにしてるの、久しぶりじゃん」

華とは、もう7年近くの付き合いになる。
「あなたの機嫌の良し悪しくらい、一目でわかるわよ。わかりやすいから」とよく言われる。

「今日、新入社員が配属されてきたんだけど、強烈な課長が上司に来たんだよ。」

俺は、店内を見渡して、他に食事中のお客が少ないことを確認してから小声で答えた。
そして、今日の出来事を思い出しながら、また胸の辺りがモヤモヤしてきた。

「もう少しで上がりだから、少し飲もうか。」

華はそう言ってカウンターの中に入り、そして、生ビールが注がれたジョッキを二つ持って戻って来た。

「ありがとう。じゃあ、聞いてもらおうかな」

俺は、今日の事件について華に話すことにした。言わないと、後が怖そうだしな。

1-2 明日から会社が戦場となる

閉店の時間も近くなり、定食屋 桐谷の店内は、お客もほとんどいなくなっていた。

「今日来た新任課長、うちの役員がヘッドハンティングして来たらしいんだけどさ、会社は戦場だ!そして営業は戦いだ!負けることは許さん!みんな俺の言う通りに仕事しろ!反抗は認めん。ついて来れない奴は辞めてしまえ!って鼻息が荒いんだよ」

ついつい声が大きくなる。

「それで、課長命令。明日からは朝6時に出勤。帰りは遅くなるから、寝袋を用意しとけ!だって」

俺は華に話しながら、ますます気分が悪くなってきた。

「ねぇ。その課長さんって、そんなに優秀なの?」

華の質問に、俺は「さぁ?」と短く返事を返した。
黒木のことはまだ良く知らなかった。常に営業成績はトップで、競合他社と競うような事があれば、ありえないやり方も辞さない。とにかく貪欲さが半端ないって噂を聞いた程度だった。

「ふーん……それで、明日は“戦場”に早出なのか。勇者さんも大変だね?」

華が時計を見ながら言った。20時50分。

定食屋 桐谷は21時閉店。いつもなら、閉店後の後片付けを手伝って帰るところなのだが、これまでよりも2時間早く出勤しなければならない事を考えると、そろそろ帰った方がいいだろうか。

「ごめん。そうだね。明日は早起きしないといけないからな。今夜は帰るよ」

ジョッキに残っていたビールを一気にあおり、お会計を華に渡して定食屋 桐谷を出た。

朝、早起きできる自信がなかった俺は、念のため、モーニングコールして欲しいと、店の外から華にショートメールを送信しておいた。

華の返事は、『おけまる』

さて、明日から、どうなることやら?
アパートに帰るまでの間、俺は今日の事件のことを考えずにはいられなかった。

1-3 新人課長、黒木漣

「今日から、この営業第2課の課長となった黒木です」

黒木の声は、太く、低く、そして大きかった。黒木漣、五十歳。今日から俺達の“上司”だ。

「早速だが、言っておきたいことがある。前任の課長がどんなやり方をしていたかは知らないが、これからは俺のやり方に従ってもらう。従えないというやつは、直ぐに辞めてもらって構わない」

皆、押し黙って聞いていた。黒木は続けて話す。

「俺は、営業は“戦い”だと思っている。勝つか、負けるかの勝負だ。一緒に戦えないやつはいらない。そして、負ける事は許されない。どんなことをしても勝て!わかったか!」

俺たちの表情を確認するように、ゆっくりと目線を移しながらさらに語る。

「俺は毎朝四時に起きて、六時には会社に着く。メール、数字、資料。誰よりも早く出勤して、誰よりも遅く帰る。そうやって成果を出してきた。営業とは、そういうもんだ」
「残業?定時退社?」
「結果を出してから言え!」

黒木の横に並んで立っている新卒の新入社員、田村は、すっかり委縮していた。かわいそうに。

「この後、予定があるものもいると思うが、一人ずつ面談したいので、手の空いてるものから、隣の接客室に来てくれ」

言い終えて黒木は隣の接客室に入っていった。手には何やら分厚いファイルの束を抱えて。

営業第2課は黒木と田村を合わせて7人体制の部署だ。つまり、田村を含めて6人が面談を受けることになった。
トップバッターは一番年配の茅場主任。俺は2番目に面談を受けた。

接客室に入ると、テーブルの上に広げられた書類を食い入るように黒木が見ていた。黒木の正面の椅子に腰掛け、書類に目をやると、それは、俺の実績表と人事評価シートだった。それも入社から9年分がそろっている。

「三島といったか。おまえ、この会社に9年いるんだよなぁ。で、この成績なのか?」

声の大きさは先ほどと比べて小さくなったが、黒木の太く低い声は、威圧感がある。

「はい。入社10年目になりました。成績の方は、まぁ...もっと頑張ります」

黒木は書類から目を離さず、「ふーん。10年目でこの体たらくじゃ話にならないな」と言った。
そして、ゆっくり顔を上げ、俺の顔を見た。

「おまえ、独身で一人暮らしだよなぁ。私生活に何か心配事やトラブルでもあるのか?」
「仕事に集中できない理由が何かあるんだろう?言ってみろ」

悩みもトラブルも抱えていないと答えた俺に黒木は次第に声を荒げだした。

「それならもっと仕事に打ち込めるはずだろう。」
「おまえ、毎日何やってるんだ」
「こんな数字で満足してるんじゃないだろうな。仕事なめてるのか!」
「なんか言えよ。ただし、意見したいなら、他の誰よりも成績出してから言えよな。数字ができない奴の話しなんか、俺は聴く気がないからな」

俺は、何も言い返せなかった。相手は新任とはいえ、課長で俺の上司だ。
それに、黒木が言うように、俺の成績は社内平均よりも少し下だ。自分でももう少しやらなきゃいけない事はわかっているつもりだった。

「三島、お前。明日から俺に同行しろ!俺は朝6時には出社するから、おまえも6時までに来い。いいか。送れるんじゃないぞ。それと、寝袋も持ってこい。持ってなかったら今日買ってきとけ!いいな!」

俺は何も言えなかった。従うしかなかった。ただ、「はい」とだけ返した。

入社した当時の上司から言われた言葉を思い出す。

(営業なんだから、数字を求めるのは当然のことだ)

黒木の成績を追求する姿勢は、正しいものに思えなくもなかった。

・・・でもなぁ。
これまでの9年間をあんな風に全否定されると、ちょっと辛いなぁ。

次回予告

黒木漣が課長となって、営業第2課は戦場になってしまった。
激しく浴びせられる怒声。投げつけられるボールペン。

次回、第2話「さらば、定時退社」

更新予定:5月28日(水)

お楽しみに。

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