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【執筆記録 #2】元勇者、現代サラリーマンに転生して、働き方改革に奮闘するー第2話

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📘第2話「さらば、定時退社」

前回までのあらすじ

俺、三島誠は営業第2課で働く入社10年目のサラリーマンだ。
新入社員が入社してきたこの日、役員がどこからかヘッドハンティングしてきた黒木漣が、俺の上司として営業第2課に着任した。
黒木は、着任早々、俺のこれまでの9年間を全否定して、明日から早朝出勤して同行しろと言う。

今更、同行営業って。とも思うが、上司命令だ。逆らえない。しかも、「意見があるなら結果を出してから言え!」なんて言われたらぐうの音も出ない。
これって、パワハラなんじゃないのか?
なんだか、もやもやするけど、とりあえず従うしかなかった...。

2-1 華の声

「もしもーし。もしかして、まだ仕事中?今朝は大丈夫だった?」

ワイシャツの胸ポケットに入れていたスマホの着信に出てみると、電話の向こうから華の明るい声が聞こえてきた。時計を見ると、もうすぐ22時になろうとしている。

「あぁ。今朝はありがとうね。助かったよ」

昨日、お願いした通りにモーニングコールしてくれた華にお礼を言う。

「こっちは、まだ仕事中。そっちは・・・あ、お店終わりか。」

華が働いている定食屋 桐谷は21時に閉店する。この時間なら、もう片付けも終わっている頃だろう。声の感じから、お酒を飲んで酔っているようだ。

「ごめん。まだ、例の課長も残ってるんだよ。後で電話するからごめんね」

俺は、黒木に聞こえないように声を細めて華にそう言って電話を切った。

「なんだ、約束でもあったのか?」

電話を切った俺に黒木が聞いてきた。

「いえ。約束とかではないです。いつも行く定食屋からでした」

黒木は「そうか」と相槌をうつと、俺の席に近づいてきて、明日の商談に使う資料作成の進み具合を確認してきた。明日は、午後に2社を訪問する予定だった。

「この資料だと裏付けが弱いな。比較できる他社のデータも用意してみろ。それと、もっと一目でわかるように色分けや網掛けを工夫しろ。あと、資料は全部で3部ずつ用意しておけ。相手に対してのプレゼントなんだから、手は抜くな。」

そう言って黒木は自分の席に戻っていった。

(まだ帰らないのか⁉)
(他社のデータを用意しろって、今から?)

いつもなら、自宅でテレビを見ながらくつろいでいる時間だ。
俺はもう一度時計を見た。こんな時間まで会社にいるなんて入社当時に戻ったみたいだ。

入社して1年目は、仕事を覚えたい一心で、毎日、終電近くまで残って働いていた。2年目、体調を崩してからは遅くまで残業しなくなり、最近では定時で帰ることも多くなった。定時に上がって定食屋 桐谷で晩飯を食べて帰る。それが日課になりつつあったのだ。
俺は、定食屋 桐谷の刺身定食を想像して、やたらと味噌汁が飲みたくなってきた。

事務所には、黒木、俺、新卒の田村の3人が残っていた。俺は明日の資料作り。隣の席では、昨日入社したばかりの田村が、おぼつかない手つきでキーボードを叩いている。ディスプレイを覗くと、メールの作成中だった。ご苦労様。

23時を回ったころ、黒木がやっと重い腰を上げて、帰るそぶりを見せた。

「先に出るぞ。明日の準備ができたら帰っていいからな。それじゃお先」

黒木の姿がドアの向こうに消えるのを待って、田村に声を掛ける。

「田村くん、あと、どのくらいで終わりそう?」

田村は黒木からメール送信先のリストを渡され、全てにメールを送信しておくように指示されていた。ちなみに、まだ半分も終わっていないという。そりゃ大変だ。
なんだか泣き出しそうな顔をしている田村に、念のため、今朝のことも確認してみる。

田村は5時30分に来たらしい。駅で茅場とばったり一緒になり、二人で会社に来てみたら、既に黒木がいた。そして早速、一波乱あったらしい。茅場が激しく叱責されたらしいのだ。田村には、なぜ茅場が激しく叱責されているのかはわからなかったが、興奮した黒木がデスクのボールペンを茅場に投げつけている姿を見て、とても怖かったらしい。一体何があったのやら。明日、茅場主任に聞いてみよう。

田村は、メールの送信が終わってないことで、同じように叱責されるのではないかと、半分涙目になっている。俺の方も終電までに終わりそうにないんだが...。

俺は憂鬱な気分を変えようと、華に折り返しの電話を掛けることにした。

「もしもーし。仕事終わったの?」

華の陽気な声を聞いて、気分が少し和らぐ。やや、ろれつが回っていないところをみると、さっきよりも更に酔いが回っているようだ。まだ終わっていないと答えると、華は、早朝から出勤しているのに、なぜ今も仕事しているのかと問いただしてきた。

「本当に仕事してるの?」

その聴き方にはちょっとムッとしたけど、資料作りには、まだ時間がかかるし、俺は、今日、一日の出来事を華に話して聞かせることにした。

2-2 日常の崩壊

朝5時前。
俺は、華のモーニングコールで起こしてもらった。

「おはよう。6時には会社に着きたいんでしょう?間に合う?」

寝ぼけた頭で、「ありがとう。大丈夫」とだけ返し、身支度を急いで整え、アパートを出た。
5分前行動は社会人の基本。入社したての頃に何度も聞かされた言葉通り、俺は6時5分前に会社に着いた。

この時間に会社に来たのは初めてだった。ビルの守衛室もまだ閉まっていて、ビル内の廊下の明かりも消えている。薄明るいのは、非常灯が灯っているからだが、無人のビルに入るのはドキドキするものだな。なんて思っていたのだけれど、無人ではなかった。

事務所の扉の鍵を開けようと、鍵穴に鍵を刺して回したが手ごたえがない。既に解錠されている。扉を開けると、事務所内は煌々と電気が灯っていた。

鍵が解錠されている時点で予想は出来ていたが、そこには既に黒木の姿があった。席に座り、PCに向かって資料をチェックしているようだった。

「おはようございます」

挨拶する俺に「おはよう」と短く返し、黒木は黙々とPCに向かい続けている。

さて、言われたとおりに6時に出社してみたものの、何をすればいいんだ?
取引先はまだ出勤前だし、とりあえず、メールのチェックかな?PCの電源を入れ、メールの受信箱を確認した。

それにしても、俺以外の人たち、6時を過ぎたのにまだ誰も来てないなんて、大丈夫かな?電話した方がいいかな?初日から課長命令の6時に遅刻して、もの凄く怒られるんじゃないだろうか。あぁ、なんだかソワソワする。

俺の不安が伝わったのだろうか。黒木が俺に向かって話し始めた。

「他の連中なら、もう出かけたぞ」
「この資料を印刷したら、すぐに出かけるから準備しておけ」
「それと、タイムカードは事務員に頼んであるから押さなくていいぞ」

「はぁ」とだけ返事をした。本当に右も左もわからない新人に戻った気分だ。言われていることが意味不明に感じる。とりあえず、出かける準備だったな。今日、訪問する会社の打ち合わせメモを鞄に入れて・・・他に何を用意するんだっけ?

それにしても、会社に来たのが一番遅かったのは俺だったなんて...。
なぜだろう。この後ろめたさは。明日は、もっと早く起きて、もっと早く来なくてはいけないな。でも、遅刻したわけでもないのだから、そんなに後ろめたく感じなくてもいいはずだよな。
胸のもやもやに頭のぐるぐるが追加されたのだった。

2-3 タイムカード

俺は、午前中に1社、午後に1社のアポイントを取り付けていた。黒木の訪問予定については聞かされていなかったが、すぐに出かけるとは、いったいどこに行くつもりなのだろう?

まず、朝一番で向かった先は、黒木がこれまでに取引したことがあるという資産家の自宅。職場が変わったことを挨拶に伺ったのかと思ったら、しっかりと案件を受注してきた。横で話を聞いていた俺は、黒木の提案に聞き入る事しかできなかった。
その他にも、複数の会社を回り、会社経営者や役員、個人投資家らしき人と、かなりの数の会社や人を訪問した。
いったいいつ、アポイントを取っていたのだろう?今日はまだ、入社して2日目だというのに。入社する前から約束していたのだろうか?

会社に戻ったのは、20時を回ったころだった。事務所に入ると、まだ全員残っていた。というか残らされていた。
「みんなお疲れ様」と声を掛けながら、黒木は自分の席に戻ると、一人ずつ、今日の成果を報告するようにと促した。なるほど、そのために皆に帰らないように指示していたのだろう。

全員の報告を一通り聞き終わると、黒木が言った。

「今日、成果がなかった奴は、明日こそ結果を出すように!今日と同じことをしても同じ結果になるんだ。明日は今日よりも数多く訪問すること。数多く打席に立たないと、ヒットは打てないんだからな!」

言い終えると、黒木はPCに向かい出した。

誰も帰ろうとしない。黒木よりも先に帰っていいものか?たぶん、俺以外の皆も帰ると言い出していいものかと悩んでいるんだろう。俺の正面に座る主任の茅場が、見るからにソワソワしている。かと思ったら、立ち上がり、黒木に向かって聞いた。

「課長、お先に帰ってよろしいですか?」

黒木の返事は、「明日の準備ができているなら帰っていいぞ」だった。
その黒木の返事を聞いて、茅場主任に続いて他に3人が帰り支度を始め、「お先に失礼します」と言って帰宅した。事務所には、黒木、俺、新卒の田村が残った。
俺は黒木と同行していて、ついさっき帰社したばかりだから、明日の準備なんて手付かずだったからな。

ところで、朝6時に出勤して、現在、もうすぐ21時になる。勤務時間が15時間にも及ぶのだけど、これから毎日こんなに仕事させられるのだろうか。それに、こんなに残業を付けて、タイムカードは大丈夫だろうか。間違いなく、労働基準法的に問題があるよな。これ。
そういえば、朝、黒木がタイムカードは事務員に頼んであると言っていたけど...どういうことだろう。

俺は黒木の様子を伺いながら、こっそりとタイムカードの場所まで移動して自分のタイムカードを見た。

『出勤 7:55 - 退勤 18:00』

(なっ⁉)

他の人のタイムカードも1〜2分の差はあるものの、8時から18時まで就業したことになるように刻印されていた。つまり、早朝出勤も、今この時間も、サービス残業ということか⁈

「課長、このタイムカードですが、実際と違ってますけど、いいんでしょうか?」

我慢できずに質問していた。

「これからは毎日、事務員の方でタイムカードは刻印してもらうように言っておいたから、どんどん商談に出て行っていいぞ!」

さも、いいことをしてやったというような答え方だ。
だけど、これって記録の改ざんになるんじゃ?

「バカだなぁ。まともにタイムカードを刻印したら、すぐに制限されて、やりたい仕事も出来なくなるだろう。そうすると結果も出せなくなるし、営業として評価も得られなくなるじゃないか!」
「就業時間とか労働時間とか、営業は何時間働いたかじゃないだろうが。結果だ!結果が全てだ!」

黒木が言うことももっともなような気がしてくるから不思議だ。確かに、営業職には成績が求められることはあっても、成績を出さなくていいと言われることはない。結果を出すための努力は全肯定されるということなのだろう。

さて、今日、帰るためには、明日の準備を終わらせなくちゃ...。

2-4 暗闇

華は酒に強い方だと思う。だが、今夜はかなり酔っているようだ。酔っているときの華は少し面倒くさい。やたらと質問攻めになるのだ。だから、ついつい長電話になってしまった。

「華、悪いんだけど終電までに区切りがいいとこまで終わらせたいから、そろそろ電話切るね」

まだ、聞きたいことがあるという華との電話を切ったところで、隣でメールを送信していた田村が、「すいません。今日は帰って、あとは明日にします」と言って先に帰った。

俺も帰ろう。
PCの電源を切り、事務所の電気を全部消すと、事務所の中は真っ暗闇となった。

あ、晩飯食べてなかった。帰りにコンビニに寄って帰るか。
明日の準備は終わっていない。明日も6時までに出勤しないといけないが、今朝、俺が一番遅かったことを考えると、今日よりも早起きしないといけない。
この生活が繰り返されると、1日は睡眠時間と仕事の繰り返しということになる。
暗闇の中にいると、未来も暗く感じるものなのかなぁ。

次回予告

黒木漣が着任して、最初の定休日が来た。やっと休める。
そう思っていたのだけど…。

「明日の定休日の出勤時間は8時とします」

定休日の出勤時間?何の冗談だ?・・・冗談ではなかった。

次回、第3話「年中無休」

更新予定:6月4日(水)

お楽しみに。


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