📘第5話「約束の行方」
前回までのあらすじ
黒木の営業方針「営業マンは24時間・年中無休!」その成果が会社内の注目を浴びている。
正確には、月間目標に対する達成率が200%に迫っているという事実が注目を浴びているのだが。
売上実績を大幅に上げたことで、営業第2課の面々に特別ボーナスをという話も出ているらしい。
一方で、特別ボーナスはいらないから今後の残業を減らしたいと希望した田村が、黒木と激しい口論の末、2日間失踪するという事件が発生した。大きな騒ぎにはならなかったが、戻ってきてから田村に元気がないのが気になる。
そんなある夜、華が夜食を持ってやってきた。そして、話の流れで、来週、休みを取ってカラオケに行く約束をしてしまった。
(俺も、黒木と対決するときが来たみたいだな)
5-1 華との約束
「カラオケに行くの、次の日曜日で大丈夫なんだよね?」
俺は、華とカラオケに行くために、定休日を休むつもりでいる。変な日本語だけど。
まだ黒木に予定を伝えていないけど、本来の定休日なんだし、勤務表にも休んだことになっている。だから、問題になる事はないはずだ。
「大丈夫だよ。何時に待ち合わせようか?」
俺はスマホのカレンダーにスケジュールを入力するため、スマホを取り出して聞いた。
「それなら、お昼食べてから行こうよ!美味しそうなお店見つけたから。12時に駅前でいい?」
こうして待ち合わせをするのも久しぶりだ。いつも待ち合わせ場所は華が指定してくる。駅前だったり居酒屋だったり。あと、武器屋の中って事もあったな…あれ?武器屋?
最近、ときどき変な夢を見る事があった。魔獣や魔物みたいなのと戦ったり、死霊を追って古い墓地を走り回る夢。いつも華が一緒に出てくる夢。
現実じゃありえないような世界で、たまたま見たファンタジー映画の影響かもしれないけど、華と武器屋で待ち合わせたのは夢の中だったかもしれない。なんだか既視感がある妙な夢だったけどな。
「なぁ華、俺たちが待ち合わせした場所に、コスプレの店とかあったかなぁ?なんか、剣とか弓とか置いてある店で待ち合わせしたことがあった気がするするんだけど…」
変なことを質問してしまった。慌てて顔を上げると、華が真剣に考え込んでいた。
「そう言われると、そういうお店に行ったことあるような気もするけど、どこのお店だっけ?」
二人で考え込んでしまった。
「まぁいっか。おけ。日曜日はお昼に駅前集合にしようよ。」
思い出せそうで思い出せない記憶。なんだかモヤモヤするけど、今は、そんなことより、この約束を果たすことに集中しなくちゃ。
俺が気合を込めて、うんと頷くのを見て、華が不安そうに、しかもちょっと怒ってる感じで聞いてきた。
「ねね、誠、今度の日曜日、本当に大丈夫なんだよね?もう課長さんには言ってあるんだよね?期待しちゃって、本当にいいんだよね?やっぱり行けないとか、やめてね」
「えっと…まだ言えてないけど、たぶん大丈夫だよ。なんとかするって!」
やばい。華の表情がみるみる曇っていく。
「大丈夫だから。日曜日、楽しみにしてていいよ」
少しでも、彼女との時間を取り戻したい。それが今、俺がやりたいことだからな。
5-2 休みたい
翌朝、俺はいつも通りに6時前に会社に着いた。そして、これもいつも通りだが、既に黒木も出社していた。
(ほんとに、黒木は何時にきてるんだ?寝る時間ってあるのかな?)
自分の席に座り、次の日曜日の事をいつ切り出そうかと黒木の様子を覗っているところに、茅場と田村が出勤、他の面々も6時に滑り込みで出勤してきた。全員が出勤したところで、黒木が話を始めた。
「ちょっといいか。営業第1課からゴルフコンペに1人借りたいと言われているんだが、いける奴はいるか?」
「本当は俺が行く予定だったんだが、田村が取ってきた商談、絶対に落とせないからな。代わりに誰かに言ってもらいたいんだが、誰が行く?」
嫌な予感がする。まさか、そのゴルフコンペ、次の日曜日とか言わないよな。
違った。再来週の日曜日だった。
そして、そのゴルフコンペに行くのは、ゴルフ経験がある茅場が行くことになった。俺は、ゴルフなんてやった事もないし、クラブも持ってないからな。行けと言われても断るつもりだった。
「それじゃ茅場、頼んだぞ」
そう言って黒木はまた、自分のパソコンに向かいだした。
今しかない!
俺は、定休日である日曜日の話題が出た今こそが、休みを切り出す絶好のチャンスに思えた。
「課長、ちょっとお話しがあるんですが…」
パソコンから目を離し、ゆっくりと顔を上げた黒木の顔をみて、絶好のチャンスに思えたのは勘違いだったかもしれないと、後悔しそうになる自分に、華との約束を破るわけにはいかないと言い聞かせ、何とか切り出した。
「次の日曜日なんですけど、個人的な用事があって休みたいんです」
みんなの視線を感じる。みんな手を止めて、俺が休みたいといったことに黒木がなんと返すか、注目しているはずだ。
黒木は椅子に深く座り直して言った。
「個人的な用事ってなんだ?」
「いえ、プライベートで…その…友人と約束が…」
誠の言葉に黒木の眉が動いた。
「なんだ。はっきり言え。何か困りごとか?それとも何かのトラブルか?」
「いえ。単純に個人的なことです。ここのところ、彼女と過ごす時間を作ってあげれてなかったので、次の日曜日は、彼女が喜ぶことをしてあげたいと思って」
黒木の目が俺の目をまっすぐに見ている。まるで、刑事ドラマの刑事が被疑者を尋問しているかのような目だ。
「ほう。お前の彼女は、自分の彼氏の仕事を応援することもできない、足を引っ張るようなわがままを言う女なのか?」
黒木が目を細めながら言った。そして、
「仕事に集中することを邪魔するような相手なら、別れてしまえ!」
予想の斜め上を行く黒木の返答に、俺は返す言葉を失っていた...。
(「休みたい」って言った返事が「別れろ」?なんでそうなるんだ?)
5-3 人生の無駄
事務所の中は静まり返っていた。
黒木が着任して2ヶ月余り、これまで、田村が失踪事件を起こした以外に、誰かが休んだことはなかった。
定休日は休みたい。そう思ってはいても、これまで誰も言い出せずにいた。
黒木の営業方針「営業マンは24時間・年中無休」という考えを強く押し付けられていたからだ。
俺は、ただ休みたいんじゃない。華と約束をしたんだ。個人的なことだけど、その個人的な目的や都合を、他人から、まして会社から制限されるいわれはないではないか。
俺は、華との約束を守りたいという思いもあるが、彼女の存在を否定された気がして、黒木に反論を試みた。
「課長。彼女は私の仕事の邪魔なんてしてません。わがままなんて言われた事はありません。それどころか応援してくれています。だから、俺も彼女のことを大切にしたいんです」
黒木は立ち上がり、俺にではなく全員に向かって話し始めた。
「お前たちはこの会社の営業マンだ。会社の一部として機能しなければならない。例えるなら、会社は商品やサービスを生み出す製造機械で、お前たちはその部品だ。錆びついて誤作動を起こすような部品なんて価値がないんだよ。」
「営業マンの一人として十分に機能できない奴は、使えない部品と同じだ。お前たちを使えない部品にしようとするものは、なんであれ排除しろ!それも営業マンとしての義務だと思え!」
「そして、三島。お前はこの会社の部品であるということをもっと自覚しろ」
これは、さすがに平然と聞くことは出来ず、俺もつい興奮して言い返してしまった。
「俺たちはただの部品ですか?彼女や家族と過ごしたいと思うのは間違いだと言うんですか?課長は自覚しろといいますが、俺には納得ができません」
黒木はデスクで小さくなっている茅場に視線を移して茅場に聞いた。
「茅場。お前の奥さんはなんと言っている?会社を休んでくれって言っているか?」
突然聞かれて、茅場は「いえ...特には」と歯切れの悪い返事をした。
「俺は結婚して20年になるが、俺の妻も休んでくれなんて言った事は一度もないぞ。それどころか、亭主元気で留守がいいなんて言ってるくらいだ」
「三島、お前もそういう相手を見つけることだ。お前の彼女はダメだな」
(黒木って奥さんいたのか⁈っていうか、今、華をダメだといったのか⁈)
「いえ。俺の彼女も休んでくれとは言っていませんよ!俺が休みたいと言っているんです」
「俺の彼女のことを悪く言うのは辞めてください!」
たまらず声を張って言い返してしまった。
「なんだ。彼女にせがまれたんじゃないのか?だったら問題ないじゃないか」
「休みたいとか甘ったれたこと言ってないで仕事に戻れ!」
これで、俺の「休みたい」に対して結論が出た。
同時に、定休日だから休みたいという、当然の望みも叶わない事を営業第2課の全員が知ったのだった。
俺は自分の席に戻り、パソコンの画面を睨みつけるしかなかった。
(華になんて言おう…。怒るかな?いや、がっかりするだろうな…。期待させて裏切って。最低だ)
5-4 神の声
仕事の合間に、次の日曜日に休めないことを華にLINEしておいた。
華からの返信は「おけまる」の一文だけだった。スタンプも絵文字もない、その4文字だけの返事が、やけに重たく感じられた。
(本当に、大丈夫なのかな。俺のこと、まだ思ってくれていると信じていいのかな……)
こんなに憂鬱な気分で家に帰るのは、初めてのような気がした。
玄関を入り、途中で買ってきたカップラーメンをキッチンに置き、部屋の中央に陣取っているベッドに腰掛けた。
(これから先、華と付き合っていけるのかな…)
自宅アパートのキッチンに立つ華の後ろ姿を思い出し、とても切なくなってくる。
『勇者のくせに、なに弱気なことを考えているの。会社で働くということは、会社の所有物になることではないでしょうに』
(そうだよなぁ。会社の所有物じゃないんだから、個人的な事まで制限されるのは違うよなぁ…って、ん?)
あれ?なんか聞こえた気がする。
俺は辺りを見渡すが、1DKの俺の部屋には、当然だけど俺しかいない。テレビもパソコンも電源は切れている。ポケットからスマホを取り出して耳を当ててみても無音だった。
(疲れ過ぎかなぁ?幻聴が聞こえるなんて疲れしか考えられん…早く寝よう)
ベッドに横になった俺の耳に、また、声らしきものが聞こえてきた。
ん?やっぱりなんか聞こえる気がする。聞こえてるなら返事をしろって?なんだ、これ?
「ちょっとハッキリ聞こえないんですけどー」
思わず口に出してしまった。
『おぉ!やっと聞こえるようになったみたいね。やれやれ。これでやっと伝えられるわ』
声の主は女神だと名乗った。数年前からあることを伝えようと語りかけていたらしい。
不思議な感覚だった。目の前には誰もいないけど、そこには確かに誰かがいるように感じる。
部屋の中央から聞こえていた声は、俺の右側から聞こえてきたり、左側に移動したり、そうかと思うと、耳元で囁いたりと、姿は見えないけど女神様が歩き回っていると思えた。
もしかしたら、見えていないのは俺だけで、ここに華がいたら、女神様と俺が話している姿が見えていたのではないかと思えてくる。
それで、その女神様の話しなんだが、信じ難いことに、俺は異世界の元・勇者なんだそうだ。魔王を討伐した報酬として、その後の幸せな生活と平和な世界への天性が与えられたという。しかし、手違いで、討伐した魔王と同じ世界に転生させてしまったから、ごめんねって事らしい。
(女神様?元・勇者?そして魔王?俺、どうかしちゃったのかな?それにごめんねってなに?)
女神様と話しているうちに、すっかり目が覚めてしまった。目が覚めたら、腹も減ってきた。
(カップラーメンしか買ってきてなかったな。仕方ない。お湯、沸かすか)
お湯を沸かしながら、俺は女神様に前世の事、魔王の事、あれこれと質問してみることにした。
次回予告
俺と黒木の転生は女神様が管理していた。いろいろと間違ってしまったみたいだけど。
そのせいとは思いたくないが、最近の俺は、いろいろと思うようにいかない。寝坊はするし、できもしないゴルフコンペに参加させられるし、みじめな思いをするし。そして華とも・・・。
何かが狂い始めたような気がする。
次回、第6話「壊れゆく歯車」
一つの歯車が狂うと、波紋のように影響が広がっていく。営業第2課だけの話ではなく、会社全体の問題となり、黒木は失脚した。ただし、黒木の失脚は俺の勝利ではない。
第7話「追う者と追われる者」
更新予定:6月25日(水) 2話一挙公開
お楽しみに。
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