📘第10話「責任の取り方」
前回までのあらすじ
残業が禁止され、仕事量は確実に減った。しかし、仕事量の減少は、そのまま売り上げの減少にもつながり、俺の12月の売り上げはかなり落ち込んでしまった。
黒木の営業方針「24時間年中無休」が正しかったのだろうか?
その証拠に、会社を定時で退社した後、場所を変えて一人仕事を続けていた黒木は、全社員の中でトップの売り上げを叩き出していた。
俺も定時で仕事を終えた後の時間の使い方について、考えないといけないんじゃないのか?
それにしても、うまくいかない時は良くないことが重なるもんだ。
1月2日、華と初詣に出掛けた俺は、参拝の列に並んでいる最中、華から別れを告げられた。
華よ、何も新年早々、しかもお参りに向かう参道で別れを告げなくてもよかったんじゃないの・・・。神頼みするほど、俺との関係を変えたかったということなの?
はぁ。こんな新年の始まり方って、先が思いやられるなぁ…。
10-1 華の目標
「華、俺と別れるって聞こえたけど、冗談だよな?」
突然、切り出された別れに戸惑いが隠せない。というか理解が追いつかない。
「俺のこと、嫌いになったの?何か悪いことしたかな?」
正直、思い当たる事はいくつもある。約束を守れずに怒らせた事は1度や2度ではないし、好きな食べ物も違うし、価値観だって明らかに違いを感じた事もあった。だけど、別れ話にまで発展するような事件はなかった…と思いたい。
「違う違う!そういうのじゃなくて…」
華は大きく頭を振って答える。
「私がお店を出したいって話、前からしてるじゃない?」
「今年は本気で挑戦したいって思ってるから、少し前の誠みたいに仕事漬けになると思うの」
「だから、これまでよりも距離ができちゃうと思う。恋人らしい事はできないかもしれないって思うのよ」
もっともらしく言ってるつもりなのかな?どこをどう聞いても、別れたいって言ってるだけだよな。これ。
「今はほら。お互いにやらなきゃいけない事が多いんじゃないかな?」
華の店の開店準備に、俺という存在が邪魔なのだろうか?
「・・・」
たぶん、別れたくないって言っても、華の口から出てくるのは、なぜ別れたいかというものばかりだろうな。
その理由を聞けば聞くほど、惨めになる気がして、黙って聞くことしかできなかった。
華は苦笑いしながら片手でごめんの仕草をしてみせると、
「ごめん。うまく言えないけど、一度距離を置いてみてもいいんじゃないかって思ったのよ。すれ違う事が多くなると、それがストレスになるじゃん。凛ちゃんも、そう言ってたし」
フリーカウンセラーの凛のアドバイスもあったようだ。これは、決定的だな…。
もう、初詣って気分になれない。そこから逃げ出したい衝動に駆られるのを我慢して、言葉を絞り出した。
「わかったよ。これからはただの友達って事でいいんだよね、華。いや、桐谷さん」
「そう。また、友達からやり直そう。三島さん」
俺は、華との間に一人分のスペースを空けて、参道を歩き始めた。
10-2 責任追及
俺は今、成績不振者が集められた本社の会議室にいる。それぞれの直属の上司も呼び出され、全部で14名が役員の入室を待っていた。
俺と田村は、それぞれ手元に先月の成績表を広げていた。どんなに見つめたところで、数字が変わるものでもないんだけど。他の面々と顔を合わせたくなかったから、ひたすら成績表を睨みつけていた。
どのくらい待たされただろう。営業部長、人事部長、総務部長に続いて森川専務が入ってきて上座の中央に座った。
「あけましておめでとう」
森川専務の挨拶から始まった。
「あー、君たちがここに呼ばれた理由は、言われなくてもわかってると思うが、先月の売り上げが悪かったから来てもらった。我が社は、残業を禁止してから、成績を落とす営業も大勢いる。だが、全員が悪くなったら会社が成り立たない。会社がなくなったら失業する。そうなりたくないから、みんなで頑張ってる。君たちはその足を引っ張ってることになるわけだ」
黒川は集まった者たちの様子を観察しながら続けた。
「一人づつ、何故、成績が悪かったのか、今月はどうやって達成する計画なのか、発表してもらう。そうだな、1番手前の君から行こうか」
そう言って、黒川から見て左手前に座る社員を指差した。
最初の発表者は、実に堂々としていた。
年末で見込み客の都合が合わず、たまたま今月にずれ込んでしまった。そのため、今月は2ヶ月分の実績となる見込みで、既に予定されている。と発表。
その他は、商談の数が減り、仮に全て成約しても目標に届かなかった。だから、今月は商談数を増やすとか、もっと効率を上げて大きな契約を狙うとか。そんな感じだった。俺も右に倣えで同じような事を話した。
発表を終わってみると、成績不振者として呼ばれた8名のうち、最初の1名だけが具体的な商談があるという内容だった。
さて、発表が終わって、これで終わりだろうか?いや、そんなはずはないだろうな?
案の定、森川は憮然とした表情で話し始めた。
「一通り発表してもらったわけだが、君たちは有言実行できるんだろうな?会社は君たちを信用していいのか?」
「・・・」
「最初に発表してくれた君は、先月たまたまじゃないだろう。しっかりクロージングできていれば、12月中に契約できていたはずだ。”できなかった”じゃなく、”やらなかった”の間違いじゃないのかね?今月も見込みだけで、結果、できませんでしたってなるんじゃないのか?」
最初の発表者は「いいえ、今月は大丈夫です!」と言い返したが、森川は譲らなかった。
「その大丈夫ですは、まったく信用にならないんだよ!ほかの者たちもそうだ。あれこれ言い訳と出来もしない計画を偉そうに語ってくれたが、先月の体たらくぶりから、よく言えたもんだと呆れるよ!」
森川が全員の顔を見渡し、隣に座る人事部長に声をかけた。
「城戸くん、どうしたものかね?」
聞かれた城戸は、予め用意していたかのように答えた。
「責任を取らせるしかないでしょうね」
「確かにそうだな。自分で言った言葉に責任を持ってもらうのが一番か。それがいいな!」
こうして、今月の売り上げに対して責任を負わされることになったわけだけど、その内容は・・・。
10-3 「腹を切れ!」
「さっきの話しだと、君は今月、2ヶ月分の見込みがあるって言ってたよな?自信があるんだよな?じゃあ、それができなかったら、どう責任を取る?」
最初の発表者は、森川の問いに答えようとして、森川にさえぎられた。
「辞めますとか言うなよ。売り上げマイナスで逃げるとか、辞めても穴埋めにならないんだからな!」
先に言われてしまったが、たぶん辞めますって言おうとしたんだろうな。答えに詰まってしまっている。
そこへ森川が追い打ちをかけた。
「なんだ。まさか本当に辞めますって言おうとしてたのか?売り上げも上げずに給料だけもらって、それで責任の取り方が辞めますって、なめてんの?」
「まぁ、いいや。だったらお前、今月、ノルマが達成できなかったら、お前が自分で全部を買い取れよ。な?」
最初の発表者は「はい」と力なく答えてうつむいてしまった。
「おいおい。自分が言ったことに自信があるんだろう?さっきの話は、その場しのぎの嘘なのか?大丈夫なんだろう?」
気のせいだろうか。黒木と城戸に含みのある笑みが浮かんで見えた。
その後も一人ずつ責任の取り方を決められていく。ある者は、『向こう3ヶ月間の給料を全額、会社の運営費に差し出すこと』を約束させられ、そしてある者は、『社内の役員と営業以外の社員に昼食をおごること』を誓わされていた。
そして、俺と田村の順番が回ってきた。
「三島くんと田村くんか。君らにはどう責任を取ってもらうかなぁ」
森川が楽しんでいるようにも見えてきた。
「田村くん。もし有言実行できなかったら、君には銀座のクラブを一晩貸し切って、役員全員を接待してもらおうか。もちろん君のおごりでね」
「⁉」
だんだん、仕事と関係ない約束になってないか?
それに、田村は入社1年目で、接待どころか、銀座のクラブなんて言ったこともないだろうし、それこそ、できもしない約束じゃないか!
だが、田村は「・・・はい。わかりました」と静かに答えた。いや、答えるしかなかったのかもしれない。
「三島くんは、うーん、そうだなぁ。腹を切ってもらおうかな」
俺は、自分の耳を疑った。腹を切れ?切腹しろ?時代劇の見過ぎか?
返事をしない俺に森川は、
「ん?聞こえなかったのか。腹を切れと言ったんだ。言葉の綾とかじゃなくて、切腹、腹切りってやつね」
は?それ、はいわかりましたって言うやついるの?
俺は咄嗟に「イヤです!」と答えてしまった。だって、言いながらニヤつく森川の目が気持ち悪かったから。
「いやいや。そこは、はいわかりましただろう!なにイヤとか言ってるんだ?」
「今月、自分で宣言した通りにやれば済む話なんだし、できなかったら、腹を切れば許してやるって言ってんだ。出来なかったら腹切りますって言えよ!」
城戸がとりあえずで構わないから約束しろと勧めてくる。
俺は再度「腹を切る約束なんて出来ません」と訴えた。もしかして、腹は腹でも別の腹のことだろうか?なぞなぞ?なんて考えもよぎったが、森川の言葉が、死につながる切腹のことだと告げていた。
「あー、もういいや。腹切るのが嫌なら、このビルの屋上からバンジージャンプでもいいよ。紐はその辺のを適当に用意しといてやるから」
森川は、どうあっても”命”を懸けさせたいらしい。
今月の成績次第で自害させられようとしている。会社にとって、成績不審者は死刑囚に等しいということか・・・。営業は、そこまで責任を負わされるものなのか・・・。
俺は、最後まで断り続けたが、最終的に「腹切り」で決定されたのだった。
10-4 成果を求めて
俺と田村が事務所に戻ると、待っていたかのように佐倉が声をかけてきた。
「本社の役員と面談だったんでしょう?どうだった?」
その問いかけに田村がぼやいてみせる。
「もう、最悪ですよ。今月、目標を達成できなかったら、役員全員を銀座のクラブ貸し切りで接待しろとか、何なんですか、あれ!」
「三島さんなんて、腹切れとか言われてるし、本気じゃないにしても、あんな言い方ないですよね!」
俺の分まで田村が吐き出してくれて、なんだか冷静になれた気がした。
「本当にそんな話があったんだ。匿名でSNSに投稿されてるらしくて、二人のうちのどっちかじゃないよね?」
佐倉によると、ちょうど俺たちが本社を出たくらいの時間に投稿された記事があって、その内容が酷いと注目を集めているらしい。ちなみに酷いというのは、作り話を投稿するなという意味のようで、批判するコメントが多く書かれているらしい。
で、どんな内容かと見てみたら・・・大体合ってた。これは、あの会議室の中にいた人物じゃないと書けない記事だ。
『可哀想な○○会社の社員達。成績不振者には制裁有り。給料カットは当たり前。奢りと接待は序の口だ。M氏は腹切りショーを披露する。来月には死人が出るかも?』
こんな投稿に反応する方もどうかと思うけど…。
「これ、企業イメージ下げちゃうから、会社から訴えられるかもしれないよ」
佐倉が言う通り、投稿した本人には、それこそ責任を追及されるだろう。
「内容は確かにあってるけど、信用する人も少なそうだし、すぐ消えるんじゃないかな?あと、俺も田村も、こんな投稿してないから。心配してくれてありがとう」
教えてくれた佐倉に礼を言って、自分の席に座った。
田村はまだ佐倉に今日の面談の話しを続けていた。
さて、今、やらなければいけないことは、今月の売り上げを何とかしないといけない。プレゼン中のクライアントで可能性がありそうなのをピックアップして、それを確実に成約につなげる算段を付けなければ。同時に新規の開拓も進めないと。
俺は、バーで資料作成をしていた黒木の姿を思い出して、佐倉に叫んだ。
「佐倉さん、このノートPCの社外持ち出しを申請したいんだけど」
「あっ!僕もお願いします」
佐倉と話し込んでいた田村も俺に続いた。
「はいはい。結局、みんなこうなるんだよね。申請ならとっくに出してありますよ。黒木さんから言われて全員分を申請済みです」
なんと、黒木はこうなることを予想していたというのか。
俺たちが就業時間の中だけでは売り上げを満足に上げることができず、会社に責任を問われ、時間外に仕事をする必要に駆られる未来が見えていたというのか。
俺は、タイムカードの改ざんについて話したときの黒木の言葉を思い出していた。
『バカだなぁ。まともにタイムカードを刻印したら、すぐに制限されて、やりたい仕事も出来なくなるだろう。そうすると結果も出せなくなるし、営業として評価も得られなくなるじゃないか!』
『就業時間とか労働時間とか、営業は何時間働いたかじゃないだろうが。結果だ!結果が全てだ!』
なるほど。残業が制限されると、やりたい仕事も出来なくなるとは、こういうことだったのか。
俺は、黒木が元魔王であることを忘れて、感心してしまった。
次回予告
俺は営業マンとして結果を求められている。黒木が言う通り、結果を出し続けることが、営業マンの存在価値というものなのだろう。
そして、結果を出せなければ、その責任を追及され、俺の場合は「腹切り」を約束させられている。
冗談じゃない!こんなことで死んでたまるか!
就業規則に縛られたままでは、とても時間が足りない。黒木みたいに、ノートPCを持ち帰って、自宅でも仕事をしなければ!
そう思って会社のノートPCを持ち帰ってはみたものの・・・。
ダメだ・・・つい誘惑に負けてしまう。
こんな時、頼れる人物は・・・。
第11話「異なる価値観」
更新予定:7月23日(水)
お楽しみに
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