わかったつもり~読解力がつかない本当の原因~(著者:西林 克彦、出版:光文社)
今回はオーディブルでこちらを読んで(聴いて)みました。
「わかったつもり」あなたも一度は経験があるはず。「はい。わかりました。」と答えてはみたものの、「そうじゃないよ!何聞いてたの?」と言われたこと。
逆に、相手に伝えたことが正しく理解してもらえてなかった、ということも。
相手とのコミュニケーションにおいても、この「読解力」が大きく影響しているのです。
私の読解力は足りているだろうか?そして、読解力を鍛えるには、どうしたら良いのだろうか?
本のタイトルを見て、とても気になって読んで(聴いて)みたら、とても参考になりました。
この本から得たことをアウトプットして、自分の知識としてインプットしたいと思います。
読解力とはどんなもの?
読解力とは、単に文章を「読む」だけではなく、書かれている内容を正確に理解し、文脈や筆者の意図、登場人物の感情、さらには背景情報までも読み取る複合的な能力のことをいいます。
たとえば、PISA(国際学習到達度調査)では、読解力を「自らの目標を達成し、知識と可能性を発展させ、社会に参加するためにテキストを理解し、利用し、評価する能力」と定義しています。
この力は、以下のような複数の要素が組み合わさって構成されます。
- 語彙力・文法理解
単語の意味や文法のルールを正しく把握し、文章の基本構造を理解する力。 - 文脈把握と推論力
前後の流れや背景から、文章に書かれていない情報(行間の意味)を推測する力。 - 要約力と批判的思考
読んだ内容を自分の言葉で整理・要約し、その情報の正確性や信憑性を評価する力。
ちなみに、PISA(国際学習到達度調査)は、おおむね3年ごとに実施されており、2022年の調査結果によると、日本はOECD加盟国37か国のうち、読解力において2位に位置しています。
読書にもコミュニケーションにも必要な「読解力」
知識を学ぶうえで、本を読まない人はいないでしょう。そして、誰かに教えを乞うときも、文章で聞いています。
その文章を「わからない」と思えば、必要な情報を求めて調べたり聞いたりします。
しかし、一旦「わかった」と思えば、特に問題が起きない限り、それ以上に調べたり聞いたりはしません。
例えば、奥さんから「帰りに卵とヨーグルトを買ってきて」というメールを受け取ったとします。
あなたは、帰りにスーパーなりコンビニなりに立ち寄って、卵とヨーグルトを買って帰るでしょう。
それで、何も問題はありませんし、奥さんのメールから、それ以上に理解を深めようと思うことはないでしょう。
しかし、朝から奥さんが体調不良を訴えていたとしたらどうでしょう。
まだ体調が悪いのかもしれない。食欲がないのかもしれない。今日は買い物に出かけられなかったのかもしれない。と、不足する情報に思いを巡らせ、もしかしたら、「他に必要なものはある?ついでに買って帰るよ」と、返信することができたかもしれません。
余談になりますが、奥さんからのこのようなメッセージを見逃すと、気が利かない夫の烙印を押されるかもしれないので、メールやメッセージを受け取ったときは、その前提に何かなかったかをよく思い出すように気を付けましょう。私はこれで、失敗したので。
とにかく、文章の読解力が高いほど、学習スピードも早まるし、相手とのコミュニケーションにおいても、聞き間違いや、言い間違いが少なくなりそうです。
「話し上手は聞き上手」とよく言われますが、聞いて「わかったつもり」になっていては、もったいないですね。
より深く理解することができる「読解力」を身につけたいと思うことでしょう。
わかったつもりとはどんな状態?
「わかったつもり」とは、どのような状態を言っているのかは、本の中で、事例を挙げて紹介されていますので、詳しくは本をご覧ください。わかったつもり~読解力がつかない本当の原因~(著者:西林 克彦、出版:光文社)
私が理解した「わかったつもり」の状態とは、「今以上に知りたい」とまでは思っていない状態です。
細部の情報まで求めなくても、自分の持つ知識や記憶から、文章の意味を理解できている状態の事だと理解しています。
つまり、前章の気が利かない夫の状態ですね。
しかし、その細部によって、理解が異なってくるとは思いもしませんでした。それを次の章でご紹介します。
わかったつもりの具体例
次の文章を読んで、ドラマのワンシーンのようなものを想像してみてください。
例文)彼は花屋の店先で足を止めた。
店内に入った彼は、奥から顔を見せた店員に声をかけた。
彼は店員に、妻に贈る花を注文した。
彼は店員から手渡された花束を大切に抱えて、駅の方向に歩き出した。
この文章を要約すると、「夫が、妻に贈る花束を花屋さんに買いに行った」となります。
あなたは、この彼の表情をどのように想像したでしょうか。花束を大切に抱えて駅へ向かう彼の表情は、【笑顔】を想像したのではありませんか?
文章でわかったつもりの面白いところはここからです。
例えば、彼の情報について、「彼は、自宅を出る時に妻と大喧嘩をしていて、今は帰り道だった」と仮定したらどうでしょう。花束を抱えた彼は、少し不安げな表情で、少なくとも笑顔ではないでしょう。
また、彼の妻の情報について、「彼の妻は深刻な病気で入院中である」としたらどうでしょう。やはり、どこか陰りのある表情を思い浮かべるのではありませんか?
このように、前提条件を変えるだけで、同じ文章から異なる理解を得ることができるのです。
まとめ:理解を深めるための行動は?
子供の頃、「なんで?なんで?」と聞いて、親や周囲の人を困らせたことはありませんか?
これは、蓄積された知識や経験がないため、理解をするための情報が不足していたに違いありません。
大人になった今、推察することもできるようになっているので、相手に対して「なんで?なんで?」と問い続けることはしないでしょう。
ともすると、私たちは、常に「わかったつもり」の状態で日々を送っているのではないでしょうか。
この本「わかったつもり~読解力がつかない本当の原因~(著者:西林 克彦、出版:光文社)」を読んで(聴いて)、「より深くわかった」に終わりはないようにも感じましたが、「本当は、まだわかっていないかもしれない」と思うだけで、「より深くわかる」ことができるのではないだろうかと思いました。
それにしても、文章というものは、本当に不思議に感じます。
前提を変えて読むだけで、本の内容に対する解釈が何通りも存在することになると思うと、これまでに読んだ本を、もう一度読み返してみたくなりました。
あなたも、お気に入りの1冊を、もう一度、前提条件を変えて読むと、新しい発見を得られるかもしれませんよ。
それでは、また。
