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【執筆記録 #12】元勇者、現代サラリーマンに転生して、働き方改革に奮闘するー第12話

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📘 第12話「再び魔王降臨」

前回までのあらすじ

俺には時間が必要だ。就業時間以外に仕事をするための時間が。
ノートPCを持ち帰って在宅ワーク。場所は自宅からカフェやネットカフェに変えて、集中力を高めて行うことを意識した。その成果は出てきていると思うが、1月の残り日数は少なく、焦る。
しかも、残り少ないタイミングで黒木に接待飲み会の手伝いを頼まれ、断り切れずに参加することになった。接待する相手の社長さん方には悪いが、ただの飲み会にしか思えなかった。

いやいや参加した接待飲み会だったが、そこで黒木から衝撃的な話を聞かされた。
なんと、黒木も女神と話しをしているらしい。つまり、前世で魔王であった記憶があるということになる。もしかしたら、その前世で戦った勇者が俺だということにも気づいているかもしれない。いや、絶対知っていると思う。女神様が話している気がするし・・・。

それだけではない。黒木はこの世界でも、支配者になるつもりでいるのだと宣言し、俺に止められるものなら止めてみろと挑発までしてきた。

あれ?俺って黒木と何を争ってたんだっけ?

今はそれどころではない。とにかく、目標の営業成績を達成しないと!

12-1 残業解禁。ただし有料だった

俺は1月の売上目標を達成することができなかった。
1月最終日に予定していた契約、これが無事に契約できていれば達成できていた。しかし、「契約を急かされているように感じて不安になった」と、契約日の当日にキャンセルとなってしまったのだ。
理由は様々だが、土壇場でキャンセルとなることは稀にある。以前にも経験がないわけではない。
ただ、振り返ってみると、今月の俺は焦っていた。その焦りを見透かされたのだろう。間違いなく俺のミスだ。

2月1日。当然だが、俺は成績不振者として本社に呼び出されていた。

「先月も来た奴がいるな。確か、目標は必ず達成しますと宣言していたと思ったが、約束は守れなかったようだな」

森川の手元には、全社員の営業成績表が用意されていた。営業成績表は、そのまま順位表になっている。そして、成績不振者の対象者の名前には赤いマーカーでアンダーラインが引かれていた。

「お前ら、約束を守る気がないんじゃないのか?なぜ、自分で言った約束を守らないのか、俺にわかるように説明してくれよ。まったく!」

森川は営業成績表をパラパラとめくり、丸めて筒状にし、メガホンのように構えたかと思うと大声で怒鳴りだした。

「お前ら、もっと真面目に仕事しろよ!そんなに難しいこと言ってないぞ!自分で宣言したことの責任を取れって言ってるんだ!どうなんだ?できるのか?できないのか?」

会議室内はしんと静まり返っている。

「なんか返事しろよ!お前ら置物か?三島くん、どうなんだ?今月こそできるんだろう?それともできないのか?」

いきなり名指しされた。できないなんて言えなるわけがないわけで、

「いえ、今月こそは達成します」

そう答えるしかなかった。

「それじゃあ、なんで先月やらなかったんだ?なんか理由があるんだよなぁ?」

森川の追及が続いた。

「先月なんですが、末日に予定していた契約が当日キャンセルになったんですが、これが無事に終わっていれば、目標を達成できてました。今月は取りこぼさないように-」

「たらればの言い訳はいらないんだよ!」

俺が言い終えるのを待たずに、森川が怒鳴った。

「お前ら全員、目標を達成出来なかった事を、仕方なかった、で終わらせても許されると思っているのか?お前らみたいな赤字社員ばっかりだったら、この会社は即倒産だよなぁ!」

1月の呼び出しの時とは比べ物にならない程、今日の森川は真っ赤な顔で怒鳴り続け、しまいには、手に持った営業成績表を床にたたきつけていた。

「とにかく、今月は死ぬ気でやり切ってもらうからな!」

森川は、椅子に深く腰掛け、用意されているペットボトルのお茶を一気にがぶ飲みし、大きなため息をついてみせた。
話が一区切りついた様子を見て、城戸が森川に代わって話し始めた。

「えー、先月末に役員会を実施し、会社の運営方針についていくつか変更があります。特に君たちのような赤字社員には関係があるところを伝えておきます。」
「まず、これまで残業を一切禁止してきましたが、大勢の社員から時間不足の意見が上がってきているので、残業を認める事になりました。ただし、ダラダラと残業されても困るので、1日4時間以内に制限します」
「それと、残業時間中の光熱費負担分として、赤字社員から一定額を徴収する事にします。全額負担させろという意見もありましたが、そこは、森川専務が一定額でいいとしてくれましたので、森川専務に感謝して下さい」

残業が解禁されたのはいいけど、なぜ赤字社員が光熱費を負担するんだ?いくら負担させるつもりかわからないけど、不公平に感じずにはいられない。質問も反論もできない俺たちに、城戸は大きな咳払いをして最後に付け足した。

「この条件に従えないって人は、退職願の書き方を教えるから、後で私のところに来てください」

つまりは、金を払ってでも残業するか、退職か、選択しろってことか・・・。

12-2 何のため、誰のために働くのか?

俺たち、成績不振者が集められた会議は、低進捗者ミーティングと呼ばれた。なんともストレートなネーミングで、参加していることを恥じるばかりだ。それに、ミーティングとは名ばかりで、『来月は呼び出されたくない!』と、そう思わせるためでもあるのだろうけど、ただひたすら罵声を浴びせられるというものだった。

11時から始まったミーティングは、午後1時頃まで行われた。この2時間に怒鳴ったり、物を投げたり、さすがに森川も疲れたようだった。怒りを発するのは体力と精神力を必要とするからな。

「最後に言っておくがな、俺だってこんなに怒りたくないんだ!来月はこんなくだらないミーティングをしないで済むようにしてくれよ。それじゃ解散!」

森川の一言で締めくくられ、ミーティングを終えた。森川が会議室を退室するのを待って、皆一斉に会議室から出てエレベーターの方向へ流れて行く。
森川に言われるまでもなく、誰がこんなミーティングに参加したがると言うのか。俺もさっさと退散すべく、エレベーターに向かって歩きだした。

ちなみに、呼び出された者同士、仲間意識は持ち合わせていない。特に面識もないし、互いに傷の舐め合いのようなこともしたくない。皆、無言でエレベーターの中へと吸い込まれるように消えていった。
エレベーターで1階まで降りた俺は、そこで、ちょうど本社ビルに入ってきた黒木とばったり会った。

「三島はミーティングだったな。今、終わったのか。ご苦労なことだな」

黒木から声を掛けられたが、ミーティングの事を色々と聞かれるのは癪だし、あまり話す気分でもなかった。しかし、無視もできない。

「そういう黒木主任は、なんの呼び出しで来たんですか?」

もしかしたら違う用事かもしれないけど、そこは敢えて”呼び出し”と表現してみた。

「俺をお前らと一緒にするな。俺は辞令を受け取りに来ただけだ」

「辞令?」

「俺は今日から昇進して、営業第1課と第2課の課長を兼任することになったんだ。本社に呼ばれる意味がお前らとは違うんだよ」

黒木はニヤリと笑ってみせた。

「この会社、というよりも世の中だな。俺のような支配者が必要なんだよ。世の中は単純だ。相手が求めているものを差し出してやれば喜んで飛びついてくる。それは会社も同じだ。会社が求めているもの、『利益』を出してやれば、こうやって重宝され、力が与えられる。如何に相手が求めているものを提供するか、それがすべてだ。そうして俺は、更に上り詰めて行き、いずれこの会社の全てを手中に収めるぞ!」

そう言うと黒木は、高笑いしながらエレベーターに乗り込んだ。
その黒木を見送りながら、俺は不思議な感覚を抱いた。

(会社の全てを手中に収める?黒木はこの会社が欲しかったのか?それが元魔王の望みなのか?)

先程のミーティングで、俺たちは森川から売り上げを求められた。俺たち社員全員が目標以上の売り上げを上げたら、おそらく森川は喜ぶのだろう。
では、俺は森川を喜ばせるために仕事をしているのか?森川のために残業を増やそうとしているのか?
会社に貢献するという意味で、売り上げを上げる必要はある。しかし、俺が働く目的は、会社に貢献するため。会社の役員を喜ばせるため。そう考えた途端に、やるせない気持ちが込み上げてきてしまった。
世の中のサラリーマンたちは、なんのために、そして誰のために頑張っているんだろうか?会社の売り上げに貢献し、上司や役員を喜ばせ、良い評価を得るために働くのが、サラリーマンのあるべき姿なのかな?

俺は、自分のモチベーションが下がり始めている事を感じながら、本社ビルから駅までの道を悶々としながら歩くしかなかった。

12-3 早朝出勤も解禁か?

残業禁止の撤廃は、俺が低進捗者ミーティングから事務所に戻るまでの間に全社員へ通達されていた。だから、今日から早速、残業して帰る事にした。

時計を見ると、21時10分。

通達には21時までを認める内容となっていた。もう事務所を出なければならない。俺は、いつも通り、ノートPCを持ち帰る準備を始めた。俺が退社準備を始めたのを見て、隣の田村も帰る準備を始めた。

「三島さん。今日から黒木課長になったという事は、明日の朝は6時に出社するんですか?」

田村に聞かれるまで俺も忘れていた。黒木からは何も言われていないが、残業解禁になったという事は、以前のように早朝出勤も認められると考えていいだろう。

「確かにそうだね。何も指示されてないけど、黒木課長自身は早朝出勤をするだろうな。営業第1課の連中は、その事を知らないだろうから、普通に出勤すると思うけど、俺たちはしっちゃってるしなぁ」

そう答えながら、俺の頭の中では、『何のために?』という疑問が浮かんできた。

何のために?誰のために?

考えてみれば、黒木に合わせて出勤時間を変えるというのは、仕事に直結していない。プレゼン資料を作ったり、アポイントのメールを送ったりと、やる事はあるのだけど、何より黒木の顔色を伺うようで、黒木に合わせて行動を変えたくない。

「俺、明日はやっぱり普通通りに出勤する事にするよ。それで黒木課長に何か言われたら,その時、考えようかな」

一度下がったモチベーションは、なかなか戻ってこないものである。本社で黒木と話して感じた疑問が、俺の中で消化されず、黒木の事、仕事の事を考えようとすると、モヤモヤしてしまう。そして落ち込む。そのせいで仕事にも集中できなかった。

「俺はどうしたらいいですかね?」

田村がすがるように聞いてくる。自分のことだ。自分で決めろというのは簡単なんだが、こう答えてやった。

「俺が許す!田村も普通通りの出勤時間でいいよ。もしも怒られたら、俺が定時に出勤しろって指示した事にしていいから」

「本当ですか⁉︎」

田村の表情が少しだけ明るくなったように思った。

「それじゃあ、俺も、明日は定時に出勤します。抜け駆けしないでくださいよ」

互いに定時に出勤する事を約束し、二人揃って退社した。

12-4 悩みは全て対人関係の悩みである

自宅アパートまで帰る途中、俺は感じていた疑問について、東凛に電話で相談してみた。凛はフリーのカウンセラーだ。この手の相談は凛に相談するのが一番いい。

「大事な事に気がついたじゃない。三島さんの疑問は正しいわよ」

何のために、そして誰のために働いているのかわからなくなったと話したら、そう返事が返ってきた。

「三島さんは今、会社に属しているから、売上げなんかで会社から評価されるのは当然よね。だから会社に貢献するためとか、良い評価を得るためというのが目的になるのは自然なことよ。だけどさ、一つ大きな見落としをしてるんだと思うよ。何だと思う?」

大きな見落としってなんだろう?お客様のためとか、社会貢献のためってことかな?
そして俺はお客様や社会のためかと聞くと、凛は、

「ブブー、不正解!」と陽気に答えた。
「ヒントは、『人の悩みは全て対人関係の悩みである』よ」

アドラー心理学の本、嫌われる勇気に出てくる言葉だ。この言葉がヒントってことは・・・

「課題の分離をしてみろってこと?」

と問い直してみた。

「残念。もう一歩ね」

電話だから凛の表情はわからないけど、意地悪そうな顔をしてるんじゃないかと思えてくる。

「それじゃあ、もう一つヒント。社会を構成する最小単位は何だったかしら?」

社会を構成する最小単位。これも『嫌われる勇気』で見た覚えがある。

「社会を構成する最小単位は、あなたと私でしょ?」

「正解!あなたと私という関係が社会の、そして対人関係の最小単位だよね。私の外に他者が一人存在すれば、それで対人関係が生じて、ストレスもあれば価値観の違いから衝突する事もある。それで、三島さんの疑問や悩みは何だったっけ?」

「それは、何のために、誰のために働くのかって事です…って、あっ!」

「気が付いたかな?」

そうか!俺は他者ばかりを見て、自分の事を見てなかったのかもしれない。

「俺自身が何をしたいのかって目的意識がかけてたんだ!」

「大正解‼︎」

電話の向こうの凛が拍手する音が聞こえてくる。なんか、2種類の拍手が聞こえる気がするんだが、誰か一緒なのか?拍手の音に混ざって、凛とは違う声が聞こえてきた。

「やっと自分がやりたい事を考える大切さがわかったんじゃない?」

「華?」

不意を突かれて、思わず名前を呼んでしまった。何で凛と華が一緒にいるんだ?友達だから、一緒にいてもおかしくないけど・・・。もしかして、全部聞かれてたのか?
ここからは、華を交えて3人でのカウンセリングになることが容易に想像されて、俺は、恥ずかしさと気まずさが入り混じった、なんとも言えない居心地の悪さを感じずにはいられなかった。

次回予告

元魔王の黒木は言った。

「相手が求めているものを差し出してやれば喜んで飛びついてくる。それは会社も同じ。如何に相手が求めているものを提供するか、それがすべてだ」

では、俺は何のために、そして誰のために働いているんだろう。
フリーカウンセラーの東凛に電話で相談してみた。この手の悩み事は、凛に相談するのが一番いい。
凛の元には、新店舗オープン準備に追われて悩みを抱えた華が相談に来ていたらしく、俺と凛の会話を隣で聞いていたらしい。だから途中からは、俺と凛、そして華の3人でのカンセリングとなった。
そこで俺は、一つの決断をすることになった。

次回、第13話「すれ違う意思」
更新予定:8月27日(水)
お楽しみに


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