PR

【執筆記録 #13】元勇者、現代サラリーマンに転生して、働き方改革に奮闘するー第13話

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

📘第13話「すれ違う意思」

前回までのあらすじ

俺は、いったい何のために働いているのだろう?誰のために働いているのだろう?

1ヶ月間の営業成績で順位を付けられ、下位の社員は、低進捗者ミーティングと名づけられた嫌がらせとしか思えないミーティングのために本社まで呼び出される。理不尽にも命懸けで目標達成することを誓約させられ、そして、残業時間中の光熱費という名目で金銭的負担も負わされる。

そこまでしてやりたい仕事か?と思ってしまう。
『働く』とは、いったいなんなんだ?
モヤモヤを抱えて帰宅する途中で、こんな悩みはフリーカウンセラーの東凛に相談するのが一番いいだろうと、電話をかけてみた。

人の悩みは全て対人関係の悩みである。

アドラー心理学に出てくる言葉を引用して話す凛の言葉を聞いて、他者からの評価ばかりに意識が向いていた事に気付けた。答えがわかった訳では無いけれど、俺は、もっと俺がやりたいと思う事をやりたい様に行ってもいいのかもしれない。

凛との電話中、最初は気付かなかったが、凛と華が一緒にいたらしく、会話の途中から、華が参加してきてびっくりした。思わず華を下の名前で呼んでしまい、少し気まずかったけど、いい機会だ。華の意見も聞いておこう。二人の将来のために。

13-1 自由と不安

「華?あっ、ごめん。桐谷さん。東さんと一緒にいたんだ」

名前を呼び直す俺に「今まで通り華でいいわよ」と華が答える。

「私も開店準備で悩んでることあってさ、凛ちゃんに相談にのってもらってたの」

「そうだったんだ。まさかそこにいて、しかも聞いてるとは思ってなかったから、びっくりしたよ。でも華の悩みって、何かあったの?」

今度は凛が答えた。

「営業時間が決まらないんだって!」

俺は会社員だから就業時間が定められているけれど、いつ働くか、働く時間に悩めるなんて贅沢だな。サラリーマンの経験しか無い俺は、単純にそう思った。そして、働く時間帯を自由に決められるということを羨ましく感じた。
だが、電話越しに聞こえてくる華と凜の会話によると、そう単純なものではなく、簡単には決められないようだ。

「せっかく駅に近いんだし、やっぱり、朝は営業した方がいいと思うんだよね」

「華ちゃんの気持ちはわかるけど、手を広げすぎずにターゲットを絞らないと大変だよ」

「それはそうだけど、せっかくの立地がもったいないじゃない?」

「華ちゃんはもっと現実を見なきゃ。華ちゃん一人でそんなに長時間営業するのは無理でしょ⁈」

「だからいい方法がないかなって相談に来てるんじゃない!」

電話の向こうの華の声が、次第に大きくなっていく。

ところで、俺は、華がどんな店を始めようとしているのか、具体的な話を聞いた事がなかった気がする。今更な話だけど、自分の店を持ちたいとしか聞いてなかったような・・・。

「なぁ華、そういえば華は何のお店を始めるんだっけ?」

「カフェよ」

華は短く答えた。
カフェの営業時間なんて、俺にはよくわからない。うん。これは口を挟まない方がよさそうだ。そう思ったのだけど・・・。

「少しでも可能性があるならお店は営業していた方がいいよねぇ?誠もそう思うでしょう?」

華に賛同を求められてしまった。どう答えたら良いものか。

「急に聞かれても・・・。可能性の話で言ったら、開店時間は長い方がいいのかなぁ?」

話しながら、ふと疑問に思った。

「ところでさ、そのターゲットには俺のことも入っているのかな?開店したら、行こうと思っているんだけど」

俺の言葉を聞いて、二人の会話がピタリと止まり、無言になった。

「あ、あれ?どうしたの?俺はお客さんの想定外?」

何だろう。電話の向こうの華と凛のヒソヒソと話す声が聞こえるけど聞き取れない。程なくして華から言われたのは、

「誠、次の休日、ちょっと付き合ってくれない?お昼は刺身定食ご馳走するから」

ということだった。電話じゃなくて、会って相談したいってこと?

「いいけど、次の土曜日でいい?」

会社員の経験しかない俺に、カフェの経営どころか自営業についての知識なんて全くないわけで、だから意見を求められても大したことは言えないと思う。だが、自営業とか自由業といった、今まで知らなかった世界に多少の興味もある。それに、華からの頼みだ。少しでも力になりたい。

こうして俺は、次の土曜日に華と会うことになった。

13-2 時間を投資しろ

黒木が課長に昇進した翌朝、俺も田村も定時に出社した。
黒木は、何時に出社したのだろう?
気にはなるけど、それを聞いてしまったら、同じ時間に出社する事になりそうなので、聞かずにいる事にした。

「おはようございます」

とだけ挨拶して、自分の席に座る。鞄からノートPCを取り出して机の上に置き、電源を入れる。LANケーブルと電源コードを刺して、昨夜作成したプレゼン資料を印刷して・・・。

「三島、お前の今日の予定はどうなっている?」

呼ばれて振り返ると、右手に鞄を持った黒木が立っていた。

「えっと、私の今日の予定はー」

午前中に1社の企業訪問と、午後からは、1月最終日にキャンセルとなったお客様のお宅に行く予定であることを伝えた。
俺の予定を確認した黒木は、帰ったら話があるとだけ言い残して出掛けていった。何の話かは、だいたい予想がつく気がする。早朝出勤しなかった事についてだろう。
朝のこのちょっとした会話で、俺の1日が憂鬱なものになったのは、言うまでもない。
そして夕方、俺と田村は揃って会議室へ呼び出された。

「今月はまだ始まったばかりだ。三島も田村も、今月こそは目標達成して、低進捗者ミーティングから卒業したいだろ?だから、お前らにいい事を教えてやろうと思ってな」

てっきり、早朝出勤しなかったことを怒鳴り散らすものと思っていたから驚いた。

「三島には前に話した事があったな。時間の話だ。他人の時間を奪う側と、他人に奪われる側の話、覚えているか?」

もちろん覚えている。1月下旬に黒木から呼ばれて参加した接待飲み会の時に黒木から聞いた話だ。

「はい。もちろん覚えてます」

黒木は、俺の返答に頷き、低く野太い声で話を続けた。

「会社やその役員を務める連中は、他者の時間を奪う側で、社員は奪われる側だと話したが、正確ではない事に気がついているか?」

「?」

「お前らは時給で働いているよな。1時間当たりいくらで1日8時間以上の労働をすると。そこで問題は、生産性とリターンだ。生産性が高い営業と生産性が低い営業が、同じリターンを得られると思うか?」
「営業は、最低でも1日8時間という時間をベットして、報酬を得ていくゲームと言える。リターンを大きくするのに生産性が同じなら、掛金をあげるよなぁ。そうだろう?」

ここまで聞いて、黒木が何を言おうとしているのかわかってきた気がした。
つまり、売上げを今の倍にしたいなら、使う時間も倍にしろと言いたいんだろう。

「生産性が高いか低いかは、自分のこれまでを振り返ればわかるだろう。これ以上は言わなくてもわかるよなぁ。どうだ?三島」

「つまり、今以上に長時間、働けと言いたいんですね」

「俺は働けとは言わない。時間を多く投資するのかどうか、自分で考えて決めればいい。だが、今のままで目標がクリア出来るのか?他の者より生産性が低いくせに、同じ時間で追いつけるのか?生産性を上げられればいいが、簡単ではないぞ。どう考えても投資する時間を増やす方が現実的だ。と俺は思うがな」

この話の流れは、早朝出勤と深夜残業を自主的にやりますと言わされる流れだ。長時間労働を自ら宣言しろと言っているんだ。だけど、長時間労働がイコール営業成績ではない。以前の営業第1課の様に、限られた時間の中で成績を上げる工夫をすればいいじゃないか。だから俺は、長時間労働は受け入れたくない。

「わかりました。どうやって営業成績を上げていくのか、私なりに良く考えてみます」

俺は即答を避けた。

「田村はどうする?」

黒木に問われた田村は、

「可能な限り時間を投資します」

と答えた。田村は、真面目だから、明日から早朝出勤に深夜残業までするつもりになっているのだろうな。やれやれだ。

13-3 人との繋がり

華と会う約束をした2月1週目の土曜日がきた。午後2時に定食屋桐谷で待ち合わせて、開店予定の店舗に移動する予定だ。
華が始めようとしているのはカフェ。せっかくなら、俺もカフェについてもう少し知識を得ておきたい。そう思って、近所のひっそりとしたカフェに立ち寄ってから待ち合わせに向かうことにした。

そのカフェは俺が住むアパートがある住宅街の中にあった。
店の入口は住宅の玄関ドアそのものなのだが、そのドアの前に手書きの看板が置かれている。この看板を見逃したらカフェの存在には気づけないだろう。
普通の住宅の1階部分をカフェに改築してあるようで、店内を覗ける窓から中の様子を伺うと、手前にテーブルと椅子、奥にカウンター、さらにその奥には色とりどりの小瓶が並べられた棚が見えた。ちょっと入りづらいけど、ちゃんとしたお店みたいだ。

店の入口を開けるときは、ピンポーンとインターホンを鳴らしてから入るべきか迷ったが、思い切って開けた。
カランカランとドアに取り付けられた鐘がなる。いかにもお店っぽい。しかし、店内には誰もいなかった。カウンターの中にもいない。暫く待っても誰も出てこないため、いったん外に出ようかと思っていると、カランカランという音とともに入口ドアが開き、丸っこい中年男性が入って来た。

「あっ、いらっしゃい。お待たせしちゃいました?ごめんなさいね。どうぞ、適当なところに座ってください」

この丸っこい中年男性がこの店の店主なのだろう。俺は窓際のテーブル席に座り、置かれているメニューを見た。驚いたことに、メニューは落ち着いた柄が入った便箋に手書きされたものだった。改めて店内を見回すと、手作り感の溢れる小物ばかりだった。

「お客さーん、ご注文が決まったら声掛けてくださいねー」

カウンター越しに店主が声を上げる。店内の広さを考えたら、近くまで聞きにくるよりカウンター越しに聞いた方が早い。俺も席にすわったまま、コーヒーと卵サンドを大声で注文し、そのまま店主と話をした。

なぜ?住宅街の中で、しかも住宅を改築してカフェをオープンしているのか。
お客さんはどんな人で、どんな目的で来ているのか。
手作り感の強い小物が多いのはなぜか。などなど。

店主は照れくさそうにしながら、俺の質問に答えてくれた。
この店主、元はブラック企業で働くサラリーマンだったらしい。精神的に病んで退職。そして離婚。
すっかり引きこもりになってしまった店主を心配した家族が、『在宅でできる仕事として、この家で一緒にカフェをやらないか?』と言い出したのをきっかけに行動を起こしたそうだ。

もともと家族とのコミュニケーションの場であったリビング。そのリビングをカフェに改装する案は母親の提案だったらしい。思い出はそのままに、お客さんをまるで家族の様に迎え入れることで、社会との繋がりを作り、お客さんにも自宅で家族と過ごしているかのようなリラックスした時間を過ごしてもらいたい。というのが店主の母親の考えだとか。
お客さんの多くは近所の主婦や学生などだが、口コミで徐々に来客が増えているらしく、お昼過ぎから夕方にかけては盛況らしい。
ユニークなお店。そしてユニークな店主だな。というのが俺の印象だった。実に居心地がいいお店だった。

「次は、友人を誘って来ますね」

俺はそう言ってこのカフェを出た。次に来る時は華を誘ってみよう。たぶん気にいるはずだ。

13-4 可能性よりも目的

午後1時30分頃、定食屋桐谷は昼食時の混雑が過ぎ、お客さんもまばらになっていた。
俺は刺身定食を注文し、食べながら華が準備するのを待って、二人で出掛けた。
定食屋桐谷から歩いて10分。旧甲州街道に面したビルの2階の一部が華の開店予定のカフェになっている。

「通勤10分か。こんなに近い場所が見つかってよかったね」

と華に声を掛けると、

「本当は1階のお店を借りたかったんだけどね」

と顔をしかめながら笑みをこぼしていた。
店内に入ると、凛が待っていた。
凛と軽く挨拶を交わして、店内を一通り見て回る。内装工事は既に終わっていた。

第一印象は、森?

全体的に緑色のものが多く、大きな鉢の観葉植物が所狭しと配置されている。そのため、テーブルやイスの数は、店の広さの割に少ない。

「どうよ!いい雰囲気でしょ?森林浴が出来るカフェって感じじゃない?」

華にそう言われたけど、俺はなんだか落ち着かない。観葉植物が邪魔臭い。植え込みに首を突っ込んだような気分だ。

「ちょっと植物が多すぎない?それに、森林浴って感じはしないかなぁ」

答えてしまってから華の方を見ると、華の顔から笑みが消え、ムッとした表情に変わっていた。

「そ、そんなことより、今日、俺が呼ばれたのは、この店の営業時間の話だったよね?」

今日、ここで会うことになったのは、華が営業時間をどうするか迷っているからだったはずだ。俺は急いで話題を変えた。

「何時から何時まで営業するつもりなの?」

華は凛の顔をチラリと見て答えた。

「凜ちゃんには長すぎるって言われてるけど、オープンは午前7時。閉店は午後7時か8時にしようと思ってる」

凛の方を見ると、凛は手を額に当て首を振っていた。

それぞれの意見をまとめると、こうだ。

華の意見。
お客さんにはゆっくりとくつろいで欲しい。そのため、一組のお客さんの滞在時間は長めに考えたい。そのうえで、客単価と1日あたりに必要な売り上げを考えると、営業時間は10時間以上必要となる計算をしている。当然、お客さんが少ない時間帯もあるだろうから、12時間くらいは営業したい。

凛の意見。
アルバイトも使わず、一人で長時間営業するのは働きすぎ。精神的にも肉体的にも無理がある。それに、カフェに来るお客さんは、必ずしもくつろぎを求めているとは限らない。もっとニッチなターゲットに絞って、そのターゲットとなるお客さんの多い時間帯を狙って営業したほうがいい。

二人の意見を聞いて、俺は黒木との会話を思い出した。
特に華の営業時間12時間というのは、黒木の言った『リターンを大きくするのに投資する時間を増やすのが現実的だ』という、自主的に長時間労働をさせようというあれに似ている気がした。だからだろうか。俺は華の意見よりも凜の意見に賛成したくなる。

「俺も短い時間でお客さんを選ぶ方がいいんじゃないかと思うな。長く営業すれば、その分コストもかかるわけだし。それに、やっぱり長時間労働って良くないよ。時間を掛ければいいってものじゃないんじゃないかな?」

俺には店舗経営なんてよくわからないが、黒木のように1日のうち、大半の時間を時間を労働時間に費やすのは間違っていると感じる。プライベートな時間や生産性を上げるための努力に使う時間は残しておくべきだと思う。
さて、華は俺の意見を聞き入れてくれるだろうか?

華の表情は険しいままだった。恐らく納得はしていないと思う。

「華ちゃん。一組のお客さんが何度も足を運びたくなるようなお店にしようよ。またこのカフェに来たいねって言って、このお店を選んでもらえるお客さんを増やしていこうよ。そういうお客さんなら短い営業時間にだって合わせて来てくれるはずだよ。ね?」

凜が華の顔を覗き込みながら言った。華はふーっと大きな溜息を吐き、小さな声で「そうかもしれないかな」とつぶやき、近くの椅子に腰かけた。

「でも、選ばれるお店かぁ。どんなお店だったら、また来たいって思うんだろうね?」

華は、頬杖をつき、未だ晴れない表情でそうつぶやいた。

答えなんてわからない。正解なんてないのかもしれない。行動してみないとわからない事だってある。俺は、とにかく始めてから考え直してもいいんじゃないかと答えておいた。

そう言えば、午前中に入った住宅街の中のカフェは、もう一度行きたいと思ったし、華に教えてあげたいと思えるお店だったと思い出して、華と凛に紹介した。

「へー。誠のアパートの近くにそんなカフェがあったんだ。参考になりそうだし、今度、行ってみようかな」

華と凜はさっそく予定を確認していた。どんな感想を抱くのか楽しみだ。

俺は改めて店内を見回しながら、ふと自分の事を考えてみた。そして思う。やっぱり、時間をかければいいってもんじゃないよな。黒木がなんと言おうと、俺は長時間労働ではなく、生産性を上げて、就業時間内で目標を達成する方法を目指したい。また来週から頑張らないとな。

次回予告

社会人となり、これまでは生活していくため、収入を得るために、なんとなく仕事をしてきた。
正直、仕事は何でも良かった。今の会社に入社したのは給料が良かったから。
特に成し遂げたいことがあるわけでもなく、将来に向けて身に着けたいキャリアがあったわけでもない。
そうして得た収入で手に入れたいものがあるわけでもなかった。

これまでのサラリーマン人生は、ほんと、『なんとなく』という表現がしっくりくる。

これから先も『なんとなく』過ごしていくのだろうか。以前の俺は、それでもいいかもしれないと思ったかもしれない。
だが、この世界で黒木と出会って約1年。俺は自分の人生について考えるようになっていた。将来について考えさせられた。目的を持って、目的に向かって行動したい。自分のために働き、努力し、その先で周囲の人までも幸せにしたい。

『利己的行動も突き詰めると利他に通ずる』とは誰の言葉だっただろうか。

まずは、自分の人生の目的探しから始めてみるか!

次回、第14話「人生は選択できる」
更新予定:9月24日(水)
お楽しみ!

コメント

タイトルとURLをコピーしました