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【執筆記録 #14】元勇者、現代サラリーマンに転生して、働き方改革に奮闘するー第14話

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📘第14話「人生で選択できるもの」

前回までのあらすじ

成果を出すには、効率化よりも時間を増やす方が手っ取り早い──黒木はそう言った。
田村は、黒木の言う通り、早朝から深夜まで仕事すると答えた。
だが、俺は即答しなかった。
長時間働けば、確かに仕事量は多くなるだろう。しかし、仕事量の多さと売上が等しいとは限らない。
以前、営業第1課が1件あたりの取扱単価を上げ、残業をせずとも営業第2課の営業成績を上回ったことがあった。つまり、時間の長さが営業成績を決めるものではないということだ。

だから、黒木の言う通りに早朝出勤や深夜残業をすることに抵抗を感じたのだと思う。
そして、華から相談されたカフェの営業時間の件で、何事も時間をかければ良いというものではないと思い至ったのだ。

時間は有限だ。俺は、闇雲に時間を使って仕事することはしたくない。限られた時間の中で成果を最大化する。そう心掛け、効率化を図るべきだ。
俺は、仕事の効率化こそ正義だと確信していた。

14-1 羨望

2月下旬。俺はオープンしたばかりの華のカフェに来ていた。
華は、カフェの営業時間をギリギリまで迷っていたが、結局、凛の言うことを聞いて10時開店、17時閉店としたようだ。

「お客さん、結構な数が入ってるじゃん」

俺はカウンター席の端っこに座り、店内をぐるっと見回して、カウンターの中にいる華に声を掛けた。

「そうね。ありがたいことだわ」

華は俺に満足そうな笑顔を作ってみせた。
もうすぐ午後1時になろうとしていた。店内は満席とまではいかないが、それなりにお客さんが入っている。
実は、定食屋桐谷の常連客が半数以上を占めているのだが、それでも、開店したばかりの店内が賑わっているのは、幸先がいいだろう。

「それで、誠の方はどうなの?凛ちゃんに相談するくらい、大変なんでしょ?」

「そうだね。まだモヤモヤしてるよ」

俺は、凛に相談した時の会話を思い出しながら、そう答えて、手元のコーヒーを飲み干した。
自分のやりたい事。目的意識は、未だにぼんやりとしている。
ただ、健康でありたい。健全でいたい。茅場や茅場の妻の顔が頭から離れなかった。

「俺は、自分の健康を1番大切に思っているのかもしれない。病に倒れたくないし、家族に心配を掛けたくない。だから、華にも無理をして欲しくないな」

「私は大丈夫よ。無理なんてしてないから」

無理はしてない、か。やりたいと願っていたことをしてるんだもんな。周りから止められても、そりゃ頑張るよな。
華に比べたら、俺の悩みなんて矮小なものに思えてくる。だって、俺は、やりたくないことばかり考えてるもんな。

空になったコーヒーカップを見つめながら、心からやりたいと思える仕事って、なんだろう。そんな問いが頭から離れなかった。
カウンターの中の華をもう一度見る。額に薄っすらと汗が見えた。その表情は、とても明るく、そして、眩しかった。
誰かの働く姿を眩しく感じたことはなかったように思った。俺の働く姿も、眩しくは見えないのだろうな。とも思う。
俺と華の違いはなんなのだろう。

14-2 営業マンの価値とは?

2月の最終日がやって来た。
俺の今月の売上成績は、ギリギリだけど何とか目標をクリアすることができた。これで、あの嫌がらせとしか思えない定進捗者ミーティングに呼び出されないで済むと思うと、正直ホッとした。
黒木に従って早朝出勤と深夜残業を行っている田村達は、目標の2倍近い営業成績に達していて、比べてしまうと、胸を張って言える結果では無いけれど、残業時間を1日当たり1時間以内で売上目標を達成できたのだから、まずまずの結果だろうと思う。

俺は、今日もいつも通りの時間に出社した。俺以外は、全員が黒木に従って早朝出勤している。逆に言えば、俺だけが黒木に逆らって定時に出社している。別に遅刻ではないから後ろめたく感じる必要はないのだけど、同調圧力で気まずさはあった。だから、朝の挨拶もつい小声になってしまう。

「おはようございます」

いつも通り、なるべく周りと目を合わせないように自分の席に座ってノートPCの電源を入れたのだが・・・。

「三島、話がある。ちょっと会議室まで来い」

俺が出社してくるのを待っていたかのように黒木から声をかけられた。

「はい?」

と、思わず変な声が出る。

俺は黒木の後に続いて会議室に入り、テーブルを挟んで向かいの椅子に座った。

「今月の売上成績は、営業第1課と第2課の中で、お前が最下位だ。それも大差がついている。そこんとこ、自分でどう思ってるんだ?一応、ノルマは達成したみたいだが、この結果に満足できるのか?」

黒木は俺の目をまっすぐ見ている。その表情からは、怒っているのか、呆れているのか、なんとも分かりづらい。両方かな?

『満足できるのか?』か。俺はどう答えるべきか迷った。

満足してると答えた場合、他の奴らよりも低い結果で満足してるんじゃない!と怒鳴られるに違いない。
では、満足していないと答えたら?その場合、だったら他の誰より長時間働け!と言われるんだろうな。そして、俺も長時間労働する事を宣言させられ、ボロボロになるまで働かされる事になるのだろう。
どっちに転んでも良くない展開が待ってる気がしてならない。

「そうですね。取り敢えず、自分で立てた目標を達成出来た事は、満足していいんじゃないかと思ってます。確かに他の人達には及びませんでしたけど、掛けた時間の差だと、納得しています」

何か言わなきゃって思ったから、そう答えた。

「ほう。満足なのか。それで、お前は、掛けた時間が同じだったら、同じように稼げたと言うつもりなのか?努力してない奴が言いそうな事だな。負け犬の遠吠えだ。前世で俺を倒した勇者と同一人物とは思えんな」

黒木が蔑むような視線を浴びせてくる。

「三島、人の価値は何で決まるか、わかっているか?それは金だ。お客さんは価値の高い商品やサービスに高い金を払う。価値の低い商品やサービスにはそれなりの金しか払わん。人の価値も同じだ。会社に高い利益をもたらす社員には高い給料が支払われるし、高い収入を持って帰って来る夫を家族は大切にする。逆に、会社に稼ぎをもたらさない社員は、家でも外でも“いらない存在”だ。つまり、収入の多寡が人の価値だ!」

黒木は椅子の背もたれに体重を預け、上半身をのけぞらすと、見下すような目つきで、

「今のお前に価値はないな」

と言った。

押し黙ったままにらみ返す俺に、黒木は続けてこう言った。

「前世で魔王である俺に自由をよこせと何度もぶつかってきたお前は、諦めるという言葉を知らないのかと呆れるほどだった。実力差は圧倒的だとわかっていたにもかかわらず、愚直に戦いを挑む姿に、勇者とはこういう者のことを言うのだと思った。だからお前のことを勇者だと認めた。だが、今のお前は、無価値な愚者だ!」

黒木の話を聞くに、どうやら黒木の方が俺よりも前世での記憶があるらしい。俺には前世の記憶は少ない。というか、女神様から聞いて、懐かしく感じた気がした程度の曖昧なもので、覚えているとは言い難いからな。

14-3 啖呵を切る

「つまり、早朝出勤と深夜残業をしろ!と言いたいんですよね?」

俺は黒木に念を押すように聞いた。

「他の誰よりも売上が上がっているなら、やれとは言わないが、お前は売上が上がっていないだろ!自分のやり方を通したいなら、結果を示せ!と言っているんだ。それが、価値を示すということだ」

「それじゃ、来月こそはそれなりの売上を上げて見せますよ!」

啖呵を切るように言ってしまった。黒木の顔色が変わるのが見てわかる。

「それなり、だと?」

黒木は俺から視線を外し、少しの間、自分の手元を見ていた。黒木の手元には何もない。その何もない机の上を見ていた。そして、俺に視線を戻すと言った。

「きさまの言うそれなりというものが、どの程度のものなのか、見させてもらうことにする。だが、これだけは忘れるな。自分で言った言葉だ。これしかできませんでした。では済まさんぞ!」

明らかな怒りの表情を見せ、黒木は立ち上がり、会議室を出て行った。

さて、俺も言い切ったからには何とかしなきゃな。
事務所に戻った俺に向けられる目線は、なんとも冷ややかなものに思えた。これは同調圧力だな。その視線に耐えながら、俺はキーボードを叩き続けた。

今日は2月28日。月末最終日の事務所内は普段と違って慌ただしかった。月内に契約を詰め込んだ結果、最終日には複数の契約が行われるものなのだ。なかには2、3件の契約を予定している営業マンもいる。俺以外、皆、忙しく動いていた。

俺は居心地の悪さから逃げるように、お昼前には企業訪問に出掛ける事にした。3社程回ったあたりで携帯の着信音が鳴った。相手は華だった。

「もしもーし。今日って月末だから忙しいのはわかってるんだけどさ、ちょっとだけでも来れない?」

華からの甘い誘いに俺の心は大きく揺れる。事務所に戻っても居心地が悪いし、少し寄り道して帰ってもいいか。

「ほんとにちょっとだけど、あと30分くらいしたら行くよ。コーヒーだけ貰うね」

電話を切って、華の経営するカフェに向かうことにした。

14-4 競争社会に生きている

華が経営するカフェ、カウンターの端の席が俺のお気に入りの席になっていた。ここからだと、店内が良く見渡せるからだ。俺は、コーヒーとだし巻き卵を美味しくいただいた。
カウンターの中には華の他にも人がいた。東凛。凛が店員のように働く姿に、フリーカウンセラーの仕事はいいのだろうか?と余計な心配をしてしまう。

「凛ちゃんは、すっかりここの店員さんだね」

茶化すように言うと、

「ま、空き時間に手伝ってるのよ。心理カウンセラーは空き時間が意外とあるの」

と、凛は誇らしそうに答えた。

「それで、今日、俺はなんで呼ばれたの?」

華からの急なお誘いと、頼んでいないのに出てきただし巻き卵。そして、華だけでなく凛もいるこの状況。なんだか嫌な予感がする。

「私、今度ある企業の公演に呼ばれてさ、働き方について話さなきゃいけないんだけど、参考までに三島さんの会社の話が聞きたいなと思ってね」

店内にお客さんは少ない。凛はカウンターの中から出てきて、俺の隣に座りながら言った。なるほど。これは取材に対する対価の代わりという訳か。ま、答えられる範囲で答えてあげよう。

「うちの会社のこと?参考になるのかなぁ?」

「たしか、三島さんの会社、営業成績で順位とかあるんでしょう?そこにみんなのモチベーションはどう影響してるのかな?」

「あー。それなら、みんな一喜一憂って感じだね。意識して上位を狙う人もいれば、最下位は避けたいって思ってる、俺みたいなのもいるよ。モチベーションは、毎日、上がったり下がったりと激しいよ」

「それで、満足感や幸福感は感じられてるのかな?」

「幸福感っていうより、義務感で動いてる感じかな。満足する暇もない。常にもっと上を目指せ!ってプレッシャーの方が強い気がするね」

「なるほどねー。やっぱり、順位付けが強くなると、幸福感は感じ難いんだろうなぁ。それにしても、周りと競わされて疲れない?」

「そりゃ、疲れるよ。だけど、数字で管理されてるからね。イヤでも順位が付いちゃうよ」

「そうだよね。んー、そうなると、やっぱりアドラー心理学の考え方を企業内で実践していくのは難しいのかなぁ。」

「どういうこと?」

「えっと。例えば、承認欲求を否定しようとしたら、実績をあげなくても構わないんだって考える人も出てきそうだし、周囲の仲間と競争するなっていうのは、そのまま順位が低くても気にするなって受け取られそうじゃない。企業は利益を求めているわけだから、その目的から考えたら、賞罰制度を設けて、社員同士を競わせた方が手っ取り早いだろうし、ライバル会社との競争に負けたら、それこそ会社の存続も危ういものになって、最悪、会社がなくなるかもしれないもんね」

凜は手帳を広げて、何やらメモを取り始め、会話が途切れた。

「ありがとう。講演で何をどう伝えようか迷ってたけど、方向性は決められそうだわ」

そういって、手帳を閉じた凜は、最後に俺にこう言った。

「最後に三島さんに質問。なんのために仕事してるの?」

「・・・」

俺は、凜の最後の質問に、正解となる答えは何だろう?と考えた末に、「わからない」と正直な感想を口にした。本当に、目的はこれだ!って言えるものが思いつかなかったのである。

次回予告

3月の前半戦は予想以上に順調に進んでいた。ノルマも達成して、周りの営業マンと比べても劣らない。このままいけば、十分な売上実績を達成できそうだし、順位もいいところまで行けるんじゃないか?そう思っていた。

俺の予定を狂わせたのは、1本のクレームの電話だった。それは、田村が担当していた顧客からだったが、電話を取った俺がそのまま対応を任され、そこに時間を費やしたのだ。
その結果、後半は成績を伸ばせなかった。

黒木は、そんな俺の過程は見ていない。報告はしていたから、俺が時間を割かざるを得ない状況は知っていたはずだが、そんな事は関係ないとばかりに、目標に大きく届かなかった結果だけを見て、退職するように告げてきた。

俺は、約10年働いたこの会社を、なんともあっけなく去ることになった。

ブラック企業だったと思えばハッピーエンド!なのかな?

次回、最終話 第15話「初めての転職」
更新予定:もうすぐ!
お楽しみに

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