PR

【執筆記録 #3】元勇者、現代サラリーマンに転生して、働き方改革に奮闘するー第3話

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

📘第3話「年中無休」

前回までのあらすじ

俺、三島誠は普通のサラリーマンだ。上司の命令には従順に従う。新任課長、黒木漣の命令にも従うよ。それが例え、早朝出勤やサービス残業でもだ。
本心では従いたくないけれど、周りもみんな従っているし、俺一人が抵抗したところで、俺が悪者になってしまいそうだからな。

俺が働くこの会社は週休2日制だ。定休日までの辛抱だ。
そうだ。定休日には定食屋 桐谷で刺身定食にしよう。
俺は、定休日には店に行くと華にLINEしておいた。連絡を入れておいたのだけど…。

3-1 定休日のはずだった夜

「えっ?今日、会社休みじゃなかったの?定休日って言ってたよね?食べに来るって言ってたじゃん!」

電話越しの華の声が、やや怒気を含んでいた。
俺は手首に付けた腕時計を見ながらため息を一つついて、そして小声で続けた。

「一応、休み……、なんだけどな」
「昨日の夜、黒木からグループLINEが来たんだ。
《明日は定休日なので、8時までに出社すればOKです》って」

電話越しに華の呆れたような言葉が浴びせられる。俺だって、定休日に呼び出されたくなんかないんだけどな。

「そんなに忙しいの?休めないくらい?」

華の疑問はもっともだと思う。なぜ定休日だというのに、黒木は俺たちに会社に来るように言ったのだろう?
黒木は着任してまだ1週間も経っていない。同行営業の中で案件をいくつか受けてはいるが、どれも急ぎの案件ではなかった。

俺は、これまでの黒木の言動を思い返してみた。
まさかとは思うけど、同行していた時、訪問先で言っていた「私達は24時間、365日営業マンです。年中無休ですよ」っていうのを本気で実行する気なんじゃ⁈

「今夜はしょうがないか。じゃ、明日おいでよ。流石に明日は休めるんでしょ?」

「華、ごめん。明日は黒木から既にアポイントを入れられてしまっているんだ。今日の様子から見ても、明日も1日、普通に仕事をさせられるんだろうと思う。明日も行けない可能性が高いと思った方がいい」

「今日の様子って、何があったの?」

華は勘がいい。何かあったらしいことを嗅ぎつける嗅覚には、正直、舌を巻く。
絶対に隠し事はできない相手なのだ。ま、華に言わせると、俺がわかりやすいだけらしいのだが。

「ちょっと長くなるけど、いい?」

定食屋 桐谷の閉店時間まで、あまり時間がない。忙しい時間のはずだ。
長電話となる事を先に謝ってから、定休日であったはずの今日の出来事を話すことにした。

3-2 定休日の前夜

黒木が課長として着任してから、まだ数日しか経っていない。だけど、とても長い時間を共に過ごしているような気がしていた。
実際、朝6時から早くても21時、遅い時には24時過ぎまで、1日に15時間以上を共に過ごしているのだから無理もないか。

それにしても眠い。1日3〜4時間の睡眠時間しか取れてないから、睡眠不足も限界だ。
俺だけではない。営業第2課の面々は皆、疲れ切った表情をしている。
向かいの席に座る茅場は、栄養ドリンクの空き瓶を机の上に並べて、まるで疲れている事をアピールしているかのようだ。

黒木はどうなのだろう?
誰よりも早く出社して、夜も俺たちとあまり変わらない。年齢は営業第2課で最年長の50歳。疲れていないはずがない。
定休日にきっちりと回復するコツでもあるのだろうか?あるなら、今度教えてもらいたい。

俺は、訪問先から依頼された追加資料を作りながら、明日と明後日の休みに何をしようかと思いを巡らせていた。
定食屋 桐谷の刺身定食と華との会話は外せないとして、リフレッシュするために何をしようか。やっぱり寝溜めかな。
そんな事を考えながら時計を見ると、19時を少し回ったところだった。

黒木と田村が同行先からまだ戻って来ない。
この時間に戻ってこないのは珍しくないのだけれど、できれば、今夜は早く帰りたい。
これも俺だけではないみたいで、みんな何度も時計を見たりスマホを見たりとソワソワしている。
こんな時の時間の流れ方はゆっくりに感じる。時計を見直すと、時計の針は5分ほどしか進んでいなかったりする。

全員のスマホにLINEの通知音が鳴った。黒木からのグループLINEだった。さて、内容は…

「俺はこれから寄るところがあるので直接向かいます。そのまま帰るので戸締りよろしく。明日は定休日なので、8時までに出社すればOKです」

明日は8時でOKって、休みじゃないの?
『定休日なので』って書いてあるから、勘違いじゃないよな?

騒然とする事務所内。

「明日と明後日は定休日なんだから、来る必要はないよ!」という者もいれば、「来いって言うんだから来るしかないんじゃないかな?」と諦める者もいる。

「三島さんはどうするんですか?」

田村が聞いてきたので、俺は従うしかないと思うと答えておいた。

(はぁ。今夜はほどほどで帰っちゃおうかなぁ…)

3-3 黒木の「働き方」の哲学

定休日の朝7時。黒木のLINEでは、『8時まででOK』ということだったけど、俺は、念の為に1時間早く出社した。

それなのに、黒木、やっぱりいたよ。既にPCに向かって黙々とキーボードを叩く黒木。
この1週間近く、事務所のドアを開けて、黒木のこの姿を見ない朝はなかった。

事務所には、黒木だけだった。他は誰も来ていない。俺は、昨夜、ほどほどのところまで進めておいたプレゼン資料を開きながら、黒木に声を掛けた。

「課長、今日と明日は定休日だったので、訪問の予定は入れていないんですけど、先週、訪問した先から頼まれている見積り書の作成と来週予定している商談の準備をするということでいいですか?」
「それとも、何かお手伝いすることありますか?」

俺としては、気を遣ったつもりだ。だが、黒木のスイッチを押してしまったらしい。
見積り書の作成や商談の準備は当たり前だが、定休日だからといって訪問の予定を入れないとは、やる気がないのか!と激しく怒り出してしまった。

「会社には利益が必要だ!その利益を上げるのは誰だ?営業であるお前だろう!」
「俺たち営業マンは、寝ている時も飯食ってる時も買い物している時でも営業マンなんだ!」
「今日は休みだから、今日は営業マンではありません。なんて事はないんだ!
俺もお前も、24時間365日、この会社の営業マンなんだという事をもっと自覚しろ!」

俺が黒木から怒鳴られている間に、田村がこっそりと出社してきた。

「田村!お前も自覚しろよ!この会社にいる限り、常にこの会社の営業なんだってことを!」

とばっちりが飛んでしまった。田村、すまん。

「まあいい。三島、お前、今日予定がないなら、俺に付き合え!これから1件商談に行くぞ」

こうして俺は、黒木の商談に同行することになってしまったのである。


黒木が商談に訪問したのは、着任初日に同行した資産家の自宅だった。
都心郊外にあるとは言え、敷地の広さとよく手入れされた庭から、この地域の地主の1人なのだと見て取れる。

黒木と俺は客間に通され、そこで契約内容の説明から契約書への署名・捺印へとスムーズに運んだ。
黒木の準備は万全だった。商談とは名ばかりで、既にまとまっている話だったのかと拍子抜けするくらい、呆気なかった。

一通りの書類を交わし終えた黒木に、資産家の主人が聞いてきた。

「お休みの日の朝早くから、遠くまで足を運んでもらってありがとうございます。
今日は定休日だったんじゃないですか?」

黒木は笑顔で答える。

「私も部下も“24時間年中無休”で対応しておりますので。何かあればいつでも言って下さい」

そう言って、俺の携帯番号も伝えるように促された。

(本気で24時間年中無休ってことないよな)

黒木が今朝、言っていた言葉が甦る。

(「俺もお前も、24時間365日、この会社の営業マンなんだという事をもっと自覚しろ!」)

単なるリップサービスだよな。そういう心構えを持てっていうだけの話だよな。
俺は、時代にそぐわない黒木の発言に動揺してしまった…。

3-4 昔を思い出す

俺の話を黙って聞いていた華が電話の向こうで唸っている。

「なんかさぁ、人に強要する働き方じゃないよね、それ。私だったら1人でやってよって言っちゃいそう」

華も理不尽な話に思ったらしい。一緒になって、というよりも俺より怒ってるな。

「でも、誠がヘロヘロになってうちの店に来たこと、前にもあったよね?なんかあの時のこと思い出すなぁ」

華が言っているのは、二人が出会った頃のことだろう。

「ああ、初めて会った頃の話だね。確かにあの頃は、入社して間もなくて、張り切りすぎて体調崩して、午後に早退したりしてたんだよなぁ。で、ふらふら〜っと立ち寄ったのが、定食屋 桐谷だったんだよねぇ」
「味噌汁が……なんか、泣きそうになるくらい、染みたんだよなぁ」

電話の向こうで、華が小さく笑う声がした。

「あの頃の誠の目は、死んだ魚みたいだったよね。鮮度悪!って感じだったもん。また、そんな目してるんじゃないの?」

「そう……かもな」

俺は苦笑いするしかなかった。思えば、あの頃以上に会社にいる。確実に疲れもストレスも溜まっているな。

「でもね、誠。疲れたらまた来なよ。味噌汁は、ちゃんと用意してあるから」

華のその言葉に、不思議と心が温かくなった。

次回予告

黒木漣が着任して、2ヶ月あまり。
営業第2課は売上をグンと伸ばして、社内でも注目の存在になっていた。
するとどうだ、会社の俺たちへの扱いも、目に見えて良くなってきたじゃないか。
「もっと働ける環境を」なんて、会社までが黒木を後押ししている。
これが“成果”ってやつか。黒木のやり方、やっぱり正しいのか?
俺の不満も迷いも、もしかして間違ってる……?
(にしても、営業って、みんなこんなに働いてるもんなのか?)

次回、第4話「疲れと優しさと、問いかけと」
更新予定:6月11日(水)
お楽しみに。


コメント

タイトルとURLをコピーしました