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【執筆記録 #4】元勇者、現代サラリーマンに転生して、働き方改革に奮闘するー第4話

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📘第4話「疲れと優しさと、問いかけと」

前回までのあらすじ

黒木の営業方針は強烈だ!

「営業マンは24時間・年中無休!」

なんの冗談かと思ったけど、本当に休ませてもらえないし、残業も夜遅くまでやらされるし。おかげで、俺は定食屋桐谷にも行けずにいた。

最近、まともな飯、食べてないな。昼は、移動しながらおにぎりやパンを食べたり、事務所でコンビニ弁当を食べている。夜はカップラーメンばっかり。絶対、体には良くないよな。これ。
それもこれも、黒木の営業方針のせいだ。

そんな働き方が2ヶ月以上も続いたある日の夜、突然、華が保冷バッグと手提げ袋を持ってやってきた。
華、心配してくれて、ありがとな。

4-1 真夜中の訪問者

今日も疲れた…。
朝6時に出勤し、夜は日付が変わる頃に帰宅する。そんな毎日も2ヶ月が過ぎた。
休日に惰眠をむさぼっていたのが、はるか昔のことのように感じる。今の俺は、常に寝不足で、睡魔のバフをかけられているかのようだ。

アパートに帰り着いた俺は、冷蔵庫の中から作り置きの麦茶を取り出し、グラスに注いで一気に飲み干した。
今夜の晩飯も帰り道のコンビニで買ったおにぎりとカップラーメン。
さすがに飽きてきたなぁ。でも、自分で作るのは面倒だし、カップラーメンならお湯を注いで3分で完成。ちょっと侘しい思いはするけど、食べずに寝るよりはまだいいかな?

俺はスーツを脱ぎ捨て、コンビニの袋からカップラーメンを取り出して、やかんを火にかけた。
お湯が沸くまでに暫く時間がある。俺はスマホを取り出してニュース記事に目を通していた。と、その時、ドアチャイムが鳴った。
時間は、もうとっくに0時を過ぎている。

(こんな時間にだれだ?)

俺の家にやってくるとしたら、両親か華くらいだ。両親にもずいぶん連絡を入れてないから、もしかしたら両親かな?
ドアを開けると、そこに立っていたのは、華だった。

「……華?」

「こんばんは。来ちゃった」

華は短く答えると、ドアを開けた俺を押しのけて部屋の奥へと入っていく。手には保冷バッグと手提げ袋を持って。

「こんな遅くにどうしたの?なんかあった?」

「なんかあった?じゃないよ。この2ヶ月、全然お店に来ないじゃん。LINEしてもなにも教えてくれないし。心配になるじゃん」

「……ごめん」

華は明るく話しているけど、これ、絶対怒ってらっしゃる。

「あっ!またカップラーメンばっかり!なんでご飯くらいちゃんと食べれないかなぁ」

キッチンに用意しておいたカップラーメンと火にかけられているやかん、そしてゴミ箱に溜まりに溜まったカップラーメンのカラ容器の山を見つけて、華が飽きれたように言った。

「ごはん、まだだよね。味噌汁温めるだけだから、ちょっと座って待ってて」

華は持ってきた保冷バッグと手提げ袋の中身をキッチンに出して、味噌汁を温めだした。
華と顔を合わせるのも、もう2ヶ月ぶりだったんだな。なんだかとっても懐かしいような気がする。
そういえば、こんなに長く顔を合わせてないのは、付き合ってから初めてかもしれない。

キッチンで味噌汁を温める華の後ろ姿を眺めながら、俺は、強い既視感を感じた。
俺は華がキッチンに立つ後ろ姿を何度も見てきたような気がする。心がとても穏やかになる。というか安心する。
華がこのアパートのキッチンに立ったことなんて、そう何度もないのに。おかしいな。

「おまたせ。刺身定食でーす」

保冷バッグの中身は、タッパーに入った刺身とおにぎりだったのか。温められた味噌汁が添えられて、確かに定食屋桐谷の刺身定食そのものだ。

「おー!華、ありがとう。食べたいなぁーって思ってたんだよー」

「どうぞ!ゆっくり召し上がれ」

華は俺が喜ぶ顔を見て機嫌を直したのか、手にした缶チューハイの栓を開けて飲み始めた。

「誠も飲む?」

うまい刺身定食を食べてる横で、華がおいしそうに飲む顔を見ていたら、そりゃ飲みたくもなるってもんだ。
朝、起こしてもらえるようにお願いしてから、俺も缶チューハイの栓を開けた。

「それで、最近どうなってんの?顔やばいよ。禿げそうな顔してるよ(笑)」

(ん?禿げそうな顔ってどんな顔だ?)

既に2本目を飲み干そうとしている華にツッコミを入れるのは自殺行為だ。絶対面倒くさいことになる。
俺は、この2ヶ月間のことをかいつまんで話すことにした。
(華、飲むペースが早いけど、朝、ちゃんと起こしてくれるかな?)

4-2 達成感と上がる評価

営業第2課は、黒木の着任から2ヶ月で見事に結果を出していた。
黒木が着任した月は、月間目標の達成率を130%に伸ばし、2ヶ月目に至っては月間目標を大きく上回った。達成率はなんと200%に迫ったのだ。他の営業部にも大きな差をつけており、社内で大きく注目を浴びていた。

「営業第2課、勢いあるねぇ。夏のボーナスには特別ボーナスの話しも出ているから、これからもこの調子で頼むぞ」

黒木をヘッドハンティングしてきた役員、専務取締役の森川が黒木の肩をたたきながら、声を掛けている。
森川は、自身がヘッドハンティングしてきた黒木の活躍が誇らしいのだろう。
俺が入社して9年間、この間に森川が営業第2課に足を運んできたのは、数回しかない。しかも、こんなに上機嫌な森川を俺は見たことも聞いたこともなかった。

(特別ボーナスか。夏のボーナスでちょっと贅沢できそうだな。華を誘って、どこかお出掛けするのもいいな)

なんてことを考えていたら、森川専務から声を掛けられた。

「三島君だったかな。ずっと成績不振が続いていたみたいだけど、黒木君が来てから、成績を伸ばしているそうじゃないか。黒木君が上司に来てくれて良かったなぁ。そう思うだろう?」

「はい。そうですね」

黒木が来てから、営業成績は確かに伸びている。黒木の営業方針に従って、朝6時に出勤し、商談に使うプレゼン資料の質も量も上がったのは間違いない。
時間をかけ、努力した分、成果につながっているということなのだと思う。というか、これだけ長時間かけて働いて、成績に繋がらなかったら心が折れてるところだ。

「他の営業部にも営業第2課を見習うように言ってるんだ。これからも黒木課長のいうとおり、しっかりと頑張ってくれよな」

森川専務は、そう言い残して営業第2課を出て行った。

努力が認められるのは気分がいい。たとえ、それが黒木に押し付けられた努力であったとしても、出した成果に対してボーナスという対価が得られるのは大きい。
黒木が結果に対して異常に執着する理由は、こういうところにあったのだろうか。

森川専務がエレベーターに乗るのを見送りに行っていた黒木が戻ってきて言った。

「三島、森川専務は褒めてくれていたけど、今までの目標が低かっただけだぞ。今のお前たちは、やっと使える会社の部品として価値が認められつつある状態なだけだからな。そこを勘違いするなよ。ところで、そろそろ出かける時間じゃないのか?」

そうだった。森川専務の特別ボーナスの話しが気になって、プレゼン資料の準備がまだ終わってなかった。

「今、準備します!」

この後、訪問する商談先は小口だけど、半年前から何度も訪問している企業だから、そろそろ契約に結び付けたい。それに、この訪問に黒木は同行しない。田村との同行が重なったからだが、久しぶりに一人での訪問だ。

「行ってきます」

ちなみに、これから行く商談先は、定食屋桐谷にも近い。商談が終わったら、ランチは定食屋桐谷に寄れるかもしれない。
俺は、エレベーターで田村と入れ違いに訪問先へ向けて出かけて行った。

4-3 田村の失踪事件

今回の訪問に黒木が同行していなくて助かった。
実は、準備しておいたプレゼン資料を違う訪問先のものと間違えてしまったのだ。

カバンから資料を出そうとして気付いた俺は、資料なし、言葉だけで商談を進めて、先方の担当者には、資料は後でメールすると伝えて、訪問先を後にした。当然、その場で契約の話には及ばず、なんの成果も得られなかった。
この場に黒木がいたとしたら、先方の担当者の目の前でも遠慮なく罵られていたことだろう。想像するとゾッとする。

事務所に戻って黒木にどう報告したものか…。
俺は、昼飯を定食屋桐谷で堪能する気になれず、コンビニでおにぎりだけを買って事務所に戻った。

事務所のドアの前に立つと、外まで聞こえるほどの大声が聞こえてきた。黒木の怒声だ。何かあったのだろうか。
少し聞き耳を立ててみた。どうやら田村が怒鳴りつけられているらしい。
そっとドアを開け、中に入ると、顔を真っ赤にして興奮する田村の横顔が見えた。

「課長は『嫌われる勇気』って本を読んだことありますか?私は自分のライフスタイルを選んでるだけですよ。これは私の課題です!アドラー心理学の課題の分離ってやつです!」

田村が黒木に喰ってかかっていた。

「その本なら俺も読んだが、お前こそ、ちゃんと理解できてないんじゃないのか?」
「お前が言ってるのは、ただのわがままだ!周りに迷惑を掛けるだけの自己中心的な価値観だと、何でわからないんだ!」

口論の理由を知ってそうな茅場に小声で聞いてみると…
田村は特別ボーナスはいらないから、今日から残業をしたくない。と黒木に言ったのだそうだ。その理由を聞くまでもなく、黒木が激怒した。と。

なるほど。それは黒木も激怒するだろうな。黒木にしてみれば、稼げる環境と稼ぎ方を提供してやってるのに、それに反抗されたわけだからな。
一方で、田村の方は、特に愚痴をこぼす事もなかったと思うが、溜め込んでいたものが爆発したと言ったところだろう。

この日、田村と黒木の口論は、当然、黒木に軍配が上がった。田村が「やりたくない事はやりたくない」と言ったところで、「わがまま言うな!」で片付けられてしまうだけだったからだ。

そして、半分泣き出しそうな顔をしながら弁当を買いに行くと言って事務所を出た田村は、そのまま戻ってこなかった。

4-4 問いかけ

「それで、田村くんはいつ戻ってきたの?」

食べ終わったタッパーを洗いながら華が聞いてくる。

あの日、田村は弁当を買いに行くと言って出て行ったきり戻らず、2日後に黒木が連れ戻しに行くまで、静岡県熱海市に住む田村の祖父母のところにいたらしい。

「無事だったんならよかったね。でもさ、田村くん、結局何がしたかったのかな?」

田村が黒木と口論したきっかけは何だったのか。その理由を田村本人に聞いてみたが、「もういいんです」と答えてはくれない。黒木も田村と口論したことについては、一切話さなかった。

「残業したくないって言ってたみたいだから、早く帰って寝たいんじゃないのか?毎晩遅くまでパソコンに向かって、何十件とメールを送信させられてたから」

俺は、田村が涙目になりながら毎晩メールを送信する姿を思い出して言った。

「田村さんって、アドラー心理学の『嫌われる勇気』って本の話をしてたんでしょう?あれって、原因論じゃなくて目的論で考えるって話じゃなかった?」

「何かやりたいことがあって、だからお金よりも時間が欲しいとか?そう言う事じゃないの?」

実際のところは、結局わからないのだけれど、俺は華が言った言葉が引っかかっていた。

「時間が欲しい、かぁ…」

確かに、早朝から深夜まで働いて、更に休みなしのフル出勤。1日の大半どころか、そのほとんどを仕事のために費やしている。いや、黒木に強要されている。それもタイムカードには残らない形で、だ。
自由になる時間が欲しいと思うのは当然だろうな。

「誠はさあ、なんかやりたいことはないの?」

華が酔い覚ましにいれたお茶をテーブルに置きながら唐突に聞いてきた。お茶を一口啜って、少し考えてみたが、やりたいことは思いつかなかった。

「華は今、やりたいことはあるの?」

逆に問いかけてみた。

「私はいっぱいあるよ。やりたいこと。時間もお金も足りないけどね」
「いろんなところに行って美味しいものを食べたいし、みたい映画もいっぱいあるし、仕事も自分のお店を出してみたいな」
「あと、来週あたり、久しぶりにカラオケにも行きたい。誠、来週どお?」

どおと言われても、今の俺は24時間年中無休の営業マンをやらされてるからなぁ…行けないだろ。
無言で聞いている俺に、華はとどめとばかりに言葉を繋いだ。

「もしかして、その黒木課長さんや会社の偉い人たちに嫌われるのがイヤなのかな?でもそれって、『嫌われる勇気』に書いてあった他人軸で生きるってやつなんじゃないの?」

華は、意地悪なことを言う時はイキイキとしてるんだよなぁ。まったく。

「別に嫌われたって構わないさ。特に好かれたいとも思ってないし」
「ただ、敢えて嫌われる必要もないし、それで働きづらい環境になるのが嫌なだけなんだよ」

答える俺に華の容赦のない一言が浴びせられた。

「ほら。やっぱり他人軸じゃない。勇者のくせに勇気がないのは相変わらずね」

(『勇者のくせに』?何だろう。前にも言われたことがある気がする…)

「よし!わかった。じゃあ来週、必ず時間を作るから、行こう。カラオケ」

俺はすっかり冷め切ったお茶を飲み干して華に宣言した。
(成績が上がってる今なら、休みますって言えば休ませてくれるよな。たぶん…言えればだけど)

次回予告

田村が「残業したくない」って言って黒木からメチャクチャ怒られてたのとは訳が違う。
俺が言おうとしてるのは、本来の定休日に予定があるから休みたいって話だからな。
大丈夫なはずだ。わがままなんかじゃないんだからね。

次回、第5話「約束の行方」
更新予定:6月18日(水)
お楽しみに


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