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【執筆記録 #6】元勇者、現代サラリーマンに転生して、働き方改革に奮闘するー第6話

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📘第6話「壊れゆく歯車」

前回までのあらすじ

週末に華とカラオケへ行く約束をした。だから、日曜日は休むと黒木に言ってみたが、いともたやすく却下された。会社の部品である俺たちは、壊れるまで休むことが許されないらしい。

休みが取れないと華にLINEすると、返事は「おけまる」の4文字だけ。

(俺は、何のために働いているんだろうな…)

その夜、「女神」を名乗る存在の声を聞いた。姿が見えないから幻聴だろうか?だが、会話できちゃった。
それにしても、俺のことを元・勇者と呼び、魔王と同じ世界に転生させちゃってごめんねって、おい!

どうやら、ただの幻聴ではないらしい。

6-1 女神の謝罪

カップラーメンを流し込むように食べ終えた俺は、スマホのカレンダーを開き、予定に登録しておいた”カラオケ”の文字を見つめていた。
仕事が理由で華との予定をキャンセルしたのは、これが初めてというわけではない。だけど、こんなに罪悪感を感じたことはなかった。

(華は、今何してるかな?連絡してみようかな?いや、この時間ならもう寝てるかもしれない)

頭の中は華のことでいっぱいだった。だが、俺にはもう一つ、新たな懸案事項が増えている。そう。女神様を名乗る声のことだ。

「女神様、それで、これはどういうことですか?」

俺は、姿の見えない女神に尋ねた。

「本当にごめんなさい。まさか元・魔王のすぐそばに転生させちゃうなんて。完全に私のミスよ」

声はベッドの方からきこえる。何となく、ベッドの上に土下座している女神様の姿が想像された。

 「いろいろと聞きたい事があるんですけど、教えてもらえますか?」

俺は、気になっていることを順に質問していった。

「まず、私は女神ですって言われてもね。なにか、不思議な力の一つも見せてもらわないと信じられませんよ」

『ごめんなさい。力の行使には制限があって・・・今は、こうして話しかけるのが精一杯なのよ』

「制限…ですか。それじゃ、元・勇者とか元・魔王っていうのは何のことですか?」

『そうですね。まずはあなたのことをお話ししましょう』

女神様は先ほどまでの申し訳なさそうな声音とは一変、凛と張り詰めた声で語り始めた。

『あなたは、この世界とは異なる世界で一領民でありながら魔王の支配に抗いました。そんなあなたのことを魔王が勇者と認めたのです。そして死闘の末にあなたが魔王を討ちました』

「魔王が俺を勇者と認めた?魔王が指名するってことですか?」

『そのとおりです。魔王が己の宿敵として認めた相手、その者を勇者と呼ぶのです』

(てっきり女神様が選ぶのかと思った)

「それで、女神様はなぜ謝罪に現れたのですか?」

『それはその・・・私のミスがあって・・・ごめんなさい』

女神様の声から急速に威厳が失われていく。

「つまり、転生を管理する女神様が、うっかり、魔王と俺を同じ世界に転生させてしまったと。で、俺はまた、魔王の支配に抗う運命を押し付けられたんですね」

『それなんだけど、元・魔王は、この世界に転生して50年程しか経ってないわ。まだ支配力はかなり小さいから、今のあなたでも充分に戦えるはずよ』
『それに、前世の仲間、あなたのパートナーもすぐそばに転生しているから』

(前世のパートナー?それってもしかして…)

「華のことですか?」

『そうです。常にあなたの傍にいて、互いに支え合った相手です』

華との出会いは運命に導かれていたんだと知って、胸が熱くなる。

「ところで、その元・魔王は誰?俺が知ってる人?」

『既に出会っているわ。あなたの上司の黒木よ。ほんと、ごめんね』

何となく想像した通りだった。
それにしても、転生させる範囲がこんなに狭いのはなぜだろう?やっぱり女神様の手抜きかな?
女神様は何度も謝りながら、『全てはあなたの選択次第よ。頑張って』と言い残して逃げるように帰っていった。

6-2 蓄積した疲労

迎えた週末は最悪だった。
休むつもりだったから、予定がない。急いであちこち電話したが、アポイントは1件だけ。それも小口案件だけで週末を迎えた。

おかげで朝から黒木に怒鳴り散らされた。更に、訪問先の担当者は迷惑そうな態度を隠そうともせず、とても商談という雰囲気ではなかった。
ノルマ達成の見込みが立たない俺は、黒木の指示で、田村と一緒にひたすらダイレクトメールの送信を行うことになった。

帰宅したのは午前1時過ぎ。精神的にも肉体的にもボロボロなのに、睡眠時間は3時間もとれない…。
翌日の朝は寝坊してしまった。

電話越しに「なぜ起きなかった?起きなかった理由があるんだろう?理由を言え!」という黒木の詰問にうんざりさせられた。寝坊したのは事実だ。しかし、睡眠中の自分に覚醒をコントロールすることはできない。寝坊する理由に「起きれなかった」以外の何があるというのか?もちろん、なにも言い返せなかったのだけど。

この日、俺は、定時に15分遅刻して出社した。事務所に入ったとき、黒木の姿は既になく、居たのは事務員で経理を担当している佐倉一人だけだった。
佐倉は遅刻して出社した俺にタイムカードを差し出して言った。

「黒木課長の指示で、いつも通り打刻してあります。それと、課長から伝言が。茅場主任が過労で倒れて入院したから、案件を引き継いでおくようにって」

「えっ、茅場主任、倒れちゃったの?」

そういえば、昨日の茅場は確かに体調が悪そうだった。エナジードリンクの空き缶は、いつもの半分も並んでいなかったし、それに口数も少なかったように思う。それでも23時ごろまで残って残業していたのは、きっと無理をしていたに違いない。

「案件を引き継いでおけって、病院まで行くしかないか。佐倉さん、茅場主任の入院先はどこ?」

俺は、とにかく茅場が入院している病院に向かう事にした。
しかし、茅場と面会することはできなかった。病院の待合室で茅場の妻を見つけ、様子を聞いたところ、脳梗塞で緊急手術が必要となり、しばらくは面会謝絶なのだという。

「案件の引き継ぎ、どうするかな・・・」

思わず出た言葉に、茅場の安否よりも仕事への影響を考えている自分にハッとした。なんと不謹慎なことを考えているんだ。人としておかしいだろ。

(俺という人間は、どこまで社畜なんだ・・)

一度、病院の外に出て黒木に電話した。茅場が脳梗塞で緊急手術となり、当分の間は面会謝絶で案件の引き継ぎができないことを報告した。

「脆い奴だ。簡単に壊れやがって。茅場はもう戦力外だな」
「茅場が抜けた穴はお前が埋めろ!田村でも誰でも使え!数字だけは落とすんじゃないぞ!」

倒れた茅場を心配している様子は見られない。
黒木のこの言葉に、他者を支配の対象としか見ない”魔王”の片鱗を見た気がした。
そして同時に、茅場の安否よりも仕事を気にしてしまった俺も、魔王の価値観に侵され始めている。そんな気がした。

病院から駅へと続く歩道を歩き始めた俺の姿は、他人から見てトボトボという表現がピッタリだったんじゃないだろうか。視線もいつのまにか足元ばかりを見ていた。

6-3 余暇と趣味

「ゴルフをやったことがないだと?そんなこと、どうだっていい!目的は接待だ。相手に気持ちよくプレーさせて、楽しませるだけだ!」
「お前はゴルフをしに行くんじゃない。接待をしに行くんだ!遊びじゃないんだぞ!」

結局、俺は週末に行われるゴルフコンペに参加することになった。

(遊びじゃない。これは仕事なんだ)

ゴルフコンペ当日、参加者の人数は16名。営業第1課の課長と2名の主任が参加している。あとは取引先の企業役員だった。
クラブハウスの一角に陣取り、ちょっとした開会式のようなものを行い、プレー開始。俺がコースに出る順番もすぐに回ってきた。

午前中のハーフラウンドは散々だった。
ボールがまともに前に飛ばない。見かねた営業第1課の課長が飛んできて、「もういいから手で投げろ!」と叫ぶ。俺だけゴルフではなくなってしまった。振りかぶって投げての繰り返し。
昼食時に「時間の無駄だ」と、午後のハーフラウンドは、不参加を言い渡された。その方が俺も助かる。

コンペ終了後に表彰式を行う予定があるため帰るに帰れず、午後はクラブハウスで時間を潰した。
午後3時に差し掛かる頃、やっと先頭グループがラウンドを終えて戻ってきた。

「お疲れ様でした」

声を掛けながらスコアを確認していく。

「三島さんは、午後のラウンドは回らなかったんですか?」

ある役員が声をかけてきた。

「ええ。私は初心者で、今日初めてコースに出たんですよ。皆さんの足を引っ張ってしまうので、午後は遠慮させていただきました」

「そうですか。初めてなんですね。で、どうでしたか?ゴルフ、楽しかったでしょう?」

ゴルフクラブを使わずに投げてたから、全く面白くなかった。とは言えないので、話を合わせておいた。

「そうですね。ぜひ、これからの趣味にしたいと思ってます」

その役員は、また今度ご一緒しましょうと言って満面の笑みを浮かべてシャワー室へ向かって行った。
いつの間にそこに居たのか、営業第1課の課長が背後から声を掛けてきた。

「今日、ゴルフコンペに参加するのに、練習してこなかったのか?」
「あー、練習する暇なんてないか。営業第2課の連中は24時間年中無休だもんな。仕事が趣味だもんな。まったく、何が楽しいのやら」
「次はおまえ、参加しないでくれよな。邪魔だし恥ずかしいから」

ゴルフをプレーすることもできず、午後はクラブハウスで時間を潰し、接待したという実感もないままゴルフコンペは終了した。さすがに俺も気分が落ちたなぁ。

6-4 すれ違う思い

ゴルフコンペを終えた後、俺は会社には戻らなかった。
黒木宛にコンペの終了と、このまま帰るとだけLINEを入れて、スマホの電源を切った。咎められたら電池が切れた事にでもしておこう。

まっすぐ帰る気にはなれず、華の家、定食屋桐谷のある商店街に寄り道した。定食屋桐谷は日曜定休だ。店は閉まっている。華も休みで家にいると思う。

(少し会えるかな?)

LINEを送ろうとスマホを取り出したが、電源は切ってあったのだった。黒木からの着信とメッセージが大量に届いているような気がして、電源を入れる気にはなれなかった。

(華に会いたい)

定食屋桐谷の前に立ち、しかし、インターホンを押すほどの勇気はなかった。見上げると2階部分に灯りが見える。
最後に顔を見たのは、華が差し入れに来てくれた夜。つまり、週末にカラオケに行こうと約束したあの夜だ。連絡なしに突撃するのは、やはり気まずさしかない。

迷った末、今日のところは帰ってからLINEすることにしよう。そう思って歩き出したとき、路地の向こうから歩いてくる華と目が合った。隣には俺が知らない男がいる。誰だ?

「あっ、誠じゃん。どうしたの?今日、お店は休みだよ。知ってるでしょ?」

華は何事もないかのように話しかけてきた。

「あぁ、ちょっと会いたいなって思って。ごめん。連絡も入れずに来ちゃって」

華の隣の男と目が合った。大学生くらいだろうか。細身にダボッとしたTシャツ、短パン姿、髪は明るめに染めて、俺のようなサラリーマンとは全く違った雰囲気のイケメンだ。華から店の常連客の一人だと紹介されたその男は、軽く会釈して帰っていった。

「どこか行ってたの?」

二人の関係が気になって、つい聞いてしまった。

「先週、カラオケに行けなかった話をしたら、誘ってくれたの。それで、今日、一緒にカラオケに行ってきたのよ」

なんで他の男と行くんだよ!

そう言いかけて、やめた。華の目を見た瞬間、なにも言えなくなった。
華の心の内はわからないが、困ったような、そして悲しそうな表情に見える。
そこには俺が知らない華が立っていたのだ。

「華?」

「誠、あのね・・・私、さっきの彼に告白されたの」

華は視線を落としながら、俺に聞こえる程度の小声でそう告げると、玄関に向かって歩き出した。そして、更に小さい声で「さよなら」と囁いた。

俺は、立ち尽くす事しかできなかった。

(女神様、全ては俺の選択次第って言ってたけど、どこで、なにを間違えたのかな・・・)

次回予告

営業第2課の疲弊に耐えられなくなっていた。
茅場の入院に続いて退職者も出たことで、売上げも低下。会社としても放っておけない状況だった。
改善のためのテコ入れ。黒木の降格処分。これは、元・魔王の敗北を意味しているのだろうか?

第7話「追う者と追われる者」続けてお楽しみください。


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