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【執筆記録 #7】元勇者、現代サラリーマンに転生して、働き方改革に奮闘するー第7話

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📘第7話「追う者と追われる者」

前回までのあらすじ

営業第2課は黒木の絶対的な支配下にある。
早朝から深夜まで働くことを強要され、休むことは許されない。仕事に繋がらないものは、全て排除しろ。これが黒木だ。

そんな中、茅場が病に倒れたのだけど、黒木は「壊れた」と表現した。
黒木にとって、部下は部品に過ぎないのだろうか。

茅場の代わりに参加したゴルフコンペの帰り、会社に戻る気になれず、華に会えることを期待して定食屋桐谷の前を通って帰った。華と会うことが出来たのだけど・・・。

いろいろと思うようにいかない。人生の歯車が、どこかで狂ってしまったようだった。
俺は、どこで選択をまちがえたのか。戻れない過去の事ばかりを考えていた。

7-1 崩れゆくチーム

月曜の朝、茅場の妻が営業第2課にやってきた。
茅場が入院して1週間になる。茅場の手術は無事に成功し、回復に向かっているらしかった。医者の見立てでは、多少の障害は残るだろうが、数カ月もすれば会社復帰も可能だろうと言われているらしい。

「それで、今日はどうされたんですか?」

不在にしている黒木に代わって俺が対応した。

「三島さん、これを黒木さんにお渡しください」

茅場の妻は、セカンドバッグから1通の封筒を取り出した。封筒には退職届と印字されている。

「主人が病に倒れたのは、この会社のせいです。休みなく働かされて、そして、壊されたんです。回復した後、この会社に戻らせるつもりはありません」

目には涙が浮かんでいたが、まっすぐに睨みつける視線は、俺のことも敵視しているようだった。いや、実際敵視しているのだろう。

「主人は、なぜ倒れるまで働かなければならなかったんですか?危うく死んでしまうところだったんですよ」
「社員が倒れるくらい働かなければ、この会社の経営は危ないのですか!」

茅場の妻の興奮は、しばらく収まらなかった。

俺は、茅場の妻の言葉にハッとさせられていた。茅場の妻の言うとおりだ。俺たちが壊れるまで働かなければ成り立たない経営状態ではないはずだ。
では、何のために壊れる寸前まで追い込まれているのか。

「奥さん。この退職届はお預かりします。奥さんのご意見も添えて黒木課長に渡しておきます」

俺の中にも怒りが芽生え始めてくるのを感じていた。茅場の妻の思いを黒木に叩きつけてやらなければ!
落ち着きを取り戻した茅場の妻を送り出し、預かった退職届を黒木の机に置いた。

黒木の机の上には、既に2通の退職届が置かれている。茅場の退職届は3通目。

(これで、残っているのは、俺、田村、そして青島の3人だけか・・・)

営業第2課の売上実績は前月の約50%程度まで落ち込んでいた。

7-2 対立する営業方針

黒木が着任して初めて、営業第2課は売上の月間目標に届かない成績を出した。
茅場達3名が離職し、俺、田村、黒木、そして、最近うつ病と診断された青島の4名になってしまったからだろう。

「この人数で以前と同じ目標を達成するのは不可能です」

黒木に進言したが、

「お前らが倍の働きをすれば済む事だ!」

と聞き入れてくれない。

(今でも限界なのに、倍の働きって、出来るわけないだろ)

口には出さないが、田村だって、とうに限界を超えている。

一方、営業第1課は好調に成績を伸ばし、営業第2課を追う立場から逆転を果たしていた。聞いた話では、大口案件にターゲットを絞り、件数は少なくても、大きな売り上げを達成している。
営業第2課とは正反対の営業方針をとり、成果を出しているのだ。

営業第1課の営業方針に対して黒木は、

「はぁ⁉何を言ってるんだ?小口の契約を捨てる余裕がどこにある?」
「そんなのは、ホームラン狙いの一発勝負だ!一か八かの博打だよ!」

全く取り合わず、「数をこなせ」と指示するだけだった。

ところで、会社としては、営業第2課の成績不振が重く受け止められていた。
3名が離職し、1名はうつ病の診断を受け、部署として問題が多すぎるというのが、取締役の一人、白石の意見だったのだ。

白石は会社の在り方について、顧客満足度よりも、まず従業員満足度を優先するべきだという持論を持っている。
白石からすると、茅場達のような離職者やうつ病を患う社員が出るのは、会社に問題があり、改革が必要という事らしい。

専務取締役の森川も、営業第2課の人手不足は問題であるという点は同意するところだった。しかし「去る者は追わず」という考え方であり、新しい人員の採用に重点を置くべきだと主張する。

営業第2課が成績を伸ばすきっかけとなった黒木をヘッドハンティングして来た森川は、会社全体の売り上げを牽引する人物を発掘してきた立役者として影響力を持っている。
そのため、定例の役員会で白石が問題提起したのに対して、「新しい風を入れればいい」として、取り敢えず営業第1課から一人移動させる事で新人採用までの時間を稼ぐ方針に決まったのだった。

俺としては、壊れるまで働かされて、壊れたら捨てられるなんて使い捨てはご免だ。
白石取締役にはもっと頑張って欲しかったが残念だ。

森川は、人事部長の城戸に中途社員の採用を指示し、定例の役員会を終えた。
転属してくるのは営業第1課の飯塚主任。ゴルフコンペに来ていた主任の一人だ。席は俺の向かい側、茅場が座っていた席が飯塚の席となった。新しい風がどのように吹くのやら・・・。

7-3 変化の兆し

「今月はまだ約2週間残っている。飯塚主任が来て人が増えたが、その分の売上は当然に上げなければならない。最後まで諦めるんじゃないぞ!」

朝から黒木の激が飛んでいた。

月曜の朝6時。しかし、飯塚はまだ出社していなかった。

「三島、飯塚に電話しろ!」

言われても飯塚の携帯番号がわからない。その場の誰も知らないし、まだ営業第1課は誰も出社していない時間だった。

黒木はイライラしていた。これはまずい。朝から怒鳴り散らすに違いない。
俺は、その場から逃げ出す口実を探すが、朝イチの訪問予定は黒木と同行である。逃げ出すことは出来なかった。

そして7時30分頃になり、やっと飯塚が出社してきた。

「おはようございます」

悪びれる様子もなく入ってきた飯塚に、黒木は怒鳴りつけた。

「遅い!飯塚、お前、初日から遅くくるなんて、やる気あるのか?」
「6時には出社しろと伝えておいただろうが!」

飯塚は「定時30分前で、遅刻はしてませんよ」と、飄々と答えた。

黒木はイライラが収まらない様子で、そこから黒木節が炸裂した。

営業とは、
一つ、24時間、常に営業マンである
一つ、24時間、仕事のことだけ考えろ
一つ、利益を出す事は絶対だ
一つ、周りの者は全てライバルだと思え
一つ、余計なことは考えるな

「お前らが働くのはなんのためだ?」

黒木が全員を順番に睨みつけながら言う。

「金を稼ぐためじゃないのか?だったら稼げよ!働けよ!」

一層、目を血走らせて話す黒木の圧に潰されそうだ。

「お前らの価値は売上げが全てだ!」
「稼げない奴に価値なんか無い!」
「もっと必死になれ!死ぬ気でやれ!」

これは正論ではなく暴論では無いのか?しかし、言い切られて、誰も何も言い返せなかった。

7-4 焦がれる思い

今夜の俺は、まともじゃないかもしれない。
顧客と会うと黒木に嘘をついて、定食屋桐谷と同じ商店街にある居酒屋で華と会っていた。

なぜこうなったかというと・・・。

華が常連客から告白を受けたと聞いたあの日から、華にラインを送ることも、店に行くこともできずにいた。俺は、このまま関係が終わってしまいそうで怖くなった。

そこで、定食屋桐谷の常連客で、華の親友でもある東凛(あずまりん)に相談することにした。
凜はフリーのカウンセラーとして活動しており、恋愛相談や夫婦カウンセリングなどを行っている。男女間の問題解決に、これほど頼りになる知り合いは他にいなかった。

連絡を取ってみると、早速、会って話そうということになり、今日、この時間を指定されたのである。
いつもなら、まだ仕事をしている時間だ。バレた時の事を想像すると気持ち悪くなったけど、俺の頭では、顧客と会うと嘘をつくくらいしか思いつかなかった。

それにしても、まさか華も来るとは思ってもみなかった。いや。もしかしたらと期待がなかったわけじゃない。しかし、華本人がいる前で華とのことを相談するのは不可能なんじゃないか?

並んで座る華と凛は、テーブルを挟んで固まっている俺のことは気にせず、飲み物と食べ物を選ぶ事に夢中になっていた。

「えっと…。凛ちゃん、今日は時間とってくれてありがとう。華も来てくれて嬉しいよ」

華がキッと俺を睨みつける。
やばい。怒られる。
俺は咄嗟に身構えた。

「これ、どういう事?私と会う時間は全然作ってくれなかったのに、凛ちゃんと会う時間は作れるんだ?」

「違う。今日は東さんに相談したくて、黒木に嘘ついて抜けてきたんだ」

「作ろうと思えば、ちゃんと時間作れるじゃん!私と凛ちゃんと、どっちが大事なのよ!」

凛が、まあまあと割って入る。

「誠さんはこの間の事が気まずいんだよ。わかってあげたら」

そう言う凛に華は納得がいかない様子だった。

「会社の方もいろいろあってさ。俺も自分の事や華との事、ちゃんと考えたいと思ったんだ」

とにかく、俺が何を思っているのか。言葉で伝えようとしないと伝わらないよな。

「俺、茅場主任が倒れて入院して、そして茅場主任の奥さんから話を聞いて、なんのために働いているのかわからなくなったんだ」
「黒木に金を稼ぐために働いてるんだろうって言われた時、違う気がしたんだ」
「生きていくのにお金は必要だ。だけど、一人で生きていきたいわけじゃない。華と一緒に生きていきたいんだ」

長々と話してしまった。二人とも黙って聞いてくれているけど。

「わかった。じゃあ、これからのこと、ちゃんと相談しようよ」

華は座り直すとウーロンハイを一気に飲み干し、「さぁ、どうぞ」と臨戦態勢に入った。

口調は鋭く、その目は真剣勝負に挑む戦士の眼差しのように思えた。そうだ。俺の目の前に座る華は、前世で勇者だった俺のパーティーメンバーの戦士だったんだ。

俺も自然に姿勢を正した。
でも、あの頃とは違う。目の前の華は、俺の隣にいるようでいて、まだどこか遠くにいる気がした。

次回予告

俺は、俺のために生きていいのかもしれない。

華と凛に話したことで、少しは心が軽くなったように思う。それと同時に、華との距離感も考えさせられた。前世でパートナーだったというのは、本当なんだろうか・・・自信が持てない。

それにしても、飯塚主任には本当に驚かされた。まさか白石取締役あてに退職届を出しに行くなんて。
おかげで会社の中は大騒ぎになった。俺なんて人事課長から呼び出されて、いい迷惑だ。
”立つ鳥跡を濁さず”って言うじゃないか。だけど、あれが結果的に会社を揺さぶるきっかけになったことは否定できない。

第8話「異動、そして崩壊」

更新予定:7月2日(水)

お楽しみに


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