第1章 黒鉄健一の警察学校生活スタート編
第5話 学校生活に必要なものと不要なもの
寮の部屋で支給された校内服に着替えた健一は、ロッカーに入り切らない荷物(主に私服)と格闘していた。1年間の学校生活で着ることを考え、夏物から冬物まで、お気に入りの服を持ち込んでいた。だが、ロッカーの中に制服や支給された服を入れたことで、健一の私服が入り切らなくなった。他の者も同様に、入り切らなくなった私服や小物をベッドに並べて、頭を抱えている。
「どうせ外出できないんだから、私服はいらないぞ」
部屋の入口に立つ渡真利が言う。
「でも、1年間、ずっと出れないわけじゃないですよね?最初の1ヶ月は外出禁止と聞きましたけど、2ヶ月目からは出られるんじゃありませんでしたか?」
同じ部屋の赤城が質問した。
「さぁて、どうかな?教官と助教の許可が出るといいが。それに、外出する時はスーツでっていうのが決まりだからな。どっちにしても、私服は要らないぞ」
「それ、決まってるんですか?」
「ん、あぁ。そういう決まりだな。持ってんだろ?スーツ。もし、新しいのを買うなら、食堂の上の売店に洋服屋も来るから、そこで買えるぞ。だから、私服なんて必要なし。さっさと箱に詰めて送っちまえって。置いといても、絶対に着ることはないからな。俺たちだって入校して約10ヶ月になるけど、私服で出かけたことなんてないんだから」
先輩が後輩に、自分たちの経験から色々なことを教える。部活で後輩指導を行なってきた健一も、自分たちが経験して得たものを後輩たちに伝えてきた。ならば、渡真利が言っていることは真実だろう。持ってきた私服を着る機会はないのだ。諦めるしかない。
健一たちは、持ってきていた私服のほとんどを箱に詰め、実家へ送ることにした。
「宅急便の送り状を書いて置いとけば、明日、出しといてやるから。用意出来たら、廊下に出しといてくれ」
「先輩。送るのはいいんすけど、親に電話させてもらえないっすかね。うちの親、何も言わないと捨てちまいそうなんすよ。まだ捨てられたくないんで、お願いできないっすかねぇ」
高坂が、悪趣味な柄のシャツや奇抜な色のズボンを箱に放り込みながら質問した。
「そういえば教えてなかったっけ?電話なら食堂に行く途中にあるぞ。誰も気づかなかったか?公衆電話の入った電話ボックスが3台。あれだ。いい機会だな。それじゃあ、今、教えておいてやるか。おまえら、ちょっとついてこい」
部屋を出て寮の入口に向かう。寮の入口を出ると、正面に校舎まで続く通路がある。その通路に面して食堂やら大浴場やらの生活施設が立ち並んでいて、電話ボックスは、食堂の建物のすぐ横に並んでいた。
(これが、電話ボックスか)
スマートフォンがあるのに、わざわざ公衆電話を探す奴はいない。もちろん、健一も公衆電話なんて使ったことはなかった。ましてや電話ボックスなんて、探す方が大変だろう。
「使い方を知らない奴もいるよな。一度しか説明しないから、覚えろよ。まず、受話器を持つ。小銭を入れて、相手の電話番号を押す。そうしたらコールするから、相手が出たら話せ。簡単だろ?」
渡真利の説明を聞けば、操作は確かに簡単そうだ。だが、問題がある。普段からスマホに慣れてしまった健一たちは、両親の携帯番号を覚えていなかった。
「渡真利先輩、スマホを返してもらえないと、電話番号なんていちいち覚えてないっすよ」
高坂の意見にみんな頷く。
渡真利は、しょうがねぇなぁと頭を掻きむしって、
「じゃあ、明日、入校式が終わった後、一時的に返してもらえるように頼んでやるよ」
と言った。おそらく、渡真利が入校したときも、同じようにスマホを一時的に返してもらってから電話したのではないか。健一は、これも渡真利の経験に基づいた指導なのだと直感的に思った。
「電話する奴はいるか?ま、いないよな。そんじゃ、部屋に戻ってさっさと片付けろ。そろそろ風呂の時間だからな」
渡真利に促されて部屋に戻り、ロッカーの中を改めて見る。
外出するときはスーツ。授業を受ける間は制服。訓練中はジャージや道着。寮内では校内服。となると、下着とシャツがあれば、他は必要がなさそうだ。健一は、持ってきていた私服のほとんどを箱に入れて、実家に送ることにした。おかげで、ロッカーの中がすっきりした。
(さて、風呂に入る準備するか)
風呂桶にシャンプーとボディーソープ、手提げ袋に着替えとバスタオルを準備する。
「黒鉄くん、もう準備できてるの?ちょっと待っててよ。お風呂、一緒に行こう」
パンパンに膨らんだ箱を押さえつけながら蒲江が健一に声を掛けた。
「お、そんじゃ一緒に行こうぜ」
高坂も加わり、三人で風呂に入ることになった。
大浴場と呼ばれているが、洗い場は10ヶ所しかない。体を洗い終わって湯舟に入っている者も含めて30人以上が一斉に入っている。洗い場を使っている者の後ろには、2〜3人の列ができていた。
「うぇ〜。毎日、この列に並ばにゃなんねぇのかよ。たまんねぇなぁ」
列を見て高坂が愚痴をこぼす。これには健一も同感だった。
「生徒の数に見合ってないよなぁ。これじゃ風邪ひいちゃうよ」
「入る時間をもっとズラせばいいのにね」
少しでも早く順番が回ってきそうな列を探すが、どの列も似たようなものだ。三人はそれぞれ適当な列に並んだ。待っていた時間は15分くらいだろうか。健一は、やっと順番が回ってきて洗い場に座った。いつも通り、シャンプーで頭を2回洗い、体を洗う。
一通り洗い終えて立ち上がった時、すぐ後ろに並んでいた人から呼び止められた。
「なぁ、おい。お前、新入生か?世話係から、どう教わっているか知らないけど、洗い場は5分以内に使い終わるのがマナーだぞ。おまえだけじゃないんだからな」
健一は、すみませんとだけ答えて湯舟に入った。先に湯舟に入っていた高坂と蒲江にも聞こえていたらしく、
「なんだよ。風呂ぐらいゆっくり入りてぇよなぁ」
と、愚痴をこぼしていた。
人数が多い集団生活の中なのだ。細かなルールがあるのだろう。健一は、高坂の愚痴を聞きながら、それらのルールやマナーを常識として学ぶしかないのだと、思うことにした。
(まだまだ知らないルールやマナーがあるんだろうな。早く覚えないと)
風呂上がり、部屋の見回りに来た渡真利に、入浴時のマナーについて改めて教わり、健一は翌日、売店でリンスインシャンプーを購入することにした。
著者より
公衆電話って、今さら使う機会は極めて少ないけれど、完全に無くなるのは、ちょっと不便な気がするなぁ。
いつ、使うんだ?
って、もう何年も使っていないことを考えると、無くなっても仕方がないとは思うけど。
そうそう。当時のテレホンカードがまだ残ってるんだよねぇ。記念でもらったやつとか。
たしか、換金とかできたと思うんだけど、あれって、希少性とか上がらないのかな?って変な期待を込めて、もうちょっと持っておこうかな。
さて、次回のお話ですが、警察学校ではいろんな行事が行われます。それはもう、思い出すのが大変なくらい。
楽しい行事もたくさんありましたよ。
で、健一くんたちの最初の行事ですが、それは、『バーベキュー』
炭火で焼かれる肉の匂い。ジュッと音を上げる肉汁。鉄板の上で色を変えていく食材たち。焼けるのを待たずに肉の奪い合いが始まる。
厳しい学校生活の合い間の楽しい時間。それでは、次回をおたのしみに。


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