この物語は、私自身の実体験に着想を得て構成したフィクション・ストーリーです。登場人物や展開はすべて想像の産物として描いています。少しづつ書き進めて公開していきたいと思いますので、楽しんで読んでもらえると嬉しく思います。それでは。
序章
将来、自分たちがとんでもない事件の当事者になるなんて誰も思わない。未来は未確定だが、幸せになれると信じているし、希望を持っている。
日差しの柔らかな暖かさが心地よく感じられるようになってきたが、頬に感じる風には、まだまだ冷気が残っていた。季節は春に移り変わったばかり。まだ、肌寒さが残るこの日、都立日野西高等学校の体育館では、卒業式が執り行われていた。
そこかしこから、女子生徒のすすり泣く声が聞こえてくる。
「3年生のみなさん、卒業、おめでとう」
来賓である都議会議員の祝辞が終わり、長いようで短い卒業式が閉式を迎えた。
「以上で、〇年度、都立日野西高等学校3年生の卒業式を閉式いたします。卒業生のみなさんは、この後、各教室に移動して、最後のホームルームとなります。お集まりいただいた父兄の皆様も、よろしければご一緒に移動してご参観ください」
体育館に設けられた正面の扉が大きく開き、左右の出入口4箇所も全て解放され、外の少し冷たい空気が一斉になだれ込んできた。パイプ椅子の軋む音が何重にも重なって体育館中に響く。卒業生と父兄たちが、風に押し流されるように体育館の外へと流れ出し始める。
出入口から近い椅子に座っていた黒鉄健一は、他の生徒に押し出されるように体育館の外へ出た。
「健一」
フォーマルなワンピースやスーツ姿の父兄が多い中、着物姿で参列していた健一の母が、体育館から出てきた健一を呼び止めた。
「母さん。なに?」
「ごめんね。お母さん、健一と一緒に帰ろうと思ってたんだけど、隆二が学校でトラブルを起こしたみたいで、学校の先生から連絡がきたのよ。これから行ってくるけど、健一は一人でも大丈夫よね?」
隆二は、健一の4歳年下の弟で中学2年生だ。この日は中学校も卒業式が行われているため、隆二は休みで家にいるはずだった。
「俺は一人で全然大丈夫だけど、隆二のやつ、今日、休みじゃなかった?」
「そうなのよ。家で留守番してるって言ってたのに、あの子ったら・・。とにかく、学校に行ってみるわ。健一も気を付けて帰って来てね。今夜は、卒業祝いにごちそうにするから」
健一の母は、健一の肩をポンポンと叩くと、くるりと背を向け、校門へと向かって行った。
弟の隆二は、真面目に部活に取り組んできた健一と違って、中学に入学したあたりから何かと問題を起こすようになっていた。同級生と殴り合いの喧嘩はするわ、万引きしようとして警備員に捕まるわ。その度に両親は頭を下げに行く羽目にあっていた。健一にとって弟の隆二は、出来の悪い弟であり、世話の焼ける弟だった。
(まったく、またか。来月から警察官の弟になるっていうのに。隆二のやつ、俺の足を引っ張るような事ばっかりしやがって)
健一は、母の背を見送り、ため息を一つついて教室へ向かって歩き出した。
「げん。どうかしたのか?なんか機嫌が悪そうだけど」
教室に入ると、健一の不機嫌オーラを感じ取った三島誠が健一に声を掛けた。ちなみに、『げん』とは健一のあだ名である。
「いや。べつに。大したことじゃないよ。隆二のやつが、また何かやらかしたっぽくてさ。母さんがまた、学校から呼び出されたんだと」
「まじか。そりゃ、お母さんも大変だな。今度は何やらかしたんだ?」
健一と誠は小学生の頃からの幼馴染で、誠は隆二のことも当然よく知っていた。
「さあな。どうせ喧嘩だろ。困った弟だよ」
健一は苦々しい顔をして見せた。
「そんなことより、なぁ、誠。終わった後、ちょっと憂さ晴らしに部室に顔出しに行こうと思うんだけど、おまえも来ないか?」
「憂さ晴らしって、おまえ、悪趣味だなぁ。後輩たちが可哀そうだぞ。でも、悪いな。俺、バイトの面接があるから、終わったらそっち行かなきゃ」
「バイト?なに、お前、バイトするの?」
「まあな。貧乏大学生のままじゃ、バイトしないと、彼女が出来ても遊びに行けないじゃんか」
「へー。誠がバイトねぇ。誠のことだから、大学行ったら遊びまくるんだと思ってたよ」
「おおよ。キャンパスライフをエンジョイするぜ。だから、そのためにもバイトするんだよ」
「ははは。エンジョイするのはいいけど、変な女に捕まるなよ」
健一と誠は、小学生の頃からずっと同じ学校で過ごし、幼馴染として育ってきた。中学、高校と入る部活も違えば、通った塾も違う二人だが、健一と誠は間違いなく親友だった。
その二人が、明日から全く異なる進路へ進む。健一は就職し、誠は大学へ進学する。こうしてたわいもない会話を交わすことも少なくなるだろう。
「げん。警察官になったら、俺の違反とか、悪いところはその権力で見逃してくれよな」
「ばか。見逃さなきゃならねぇようなことするんじゃねぇよ」
二人は拳をぶつけ合い、それぞれの席に座った。
二人はまだ知らない。それぞれが進んだ進路の先で殺人事件に巻き込まれていく事を。その事件をきっかけに二人の関係性を選択しなければならなくなることを。
最後のホームルームが始まる。卒業は待ち望んでいたことだが、二度と戻れない高校生活との別れを思うと、やはり寂しいものだな。健一は、担任から卒業証書を受け取るクラスメイトたちを見ながら、感慨深くそんなことを考えていた。
著者より
今回の物語では、主人公を黒鉄 健一(くろがね けんいち)くんに努めてもらいます。
高校を卒業した健一くんは就職することを選択しました。理由も目的も物語の中で明かしてもらえると思いますが、第1章では、主人公の警察学校入校の様子をご紹介いたします。
スマートフォンは取り上げられ、学校の敷地から外に出ることを禁止された閉鎖された空間で警察官になるための教育が始まる。起床と就寝、食事も入浴もその時間が定められた規律のある生活。同期生たちと過ごす時間。
健一くんの新たな日常生活の始まりの物語です。
どうぞ、お楽しみに。


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